Walking in the Gobo City / 御坊市内を歩く

d0360104_18283309.jpg
 2月7日(木)紀伊内原~御坊の道成寺~湯川子安神社~岩内一号墳~紀州鉄道・西御坊駅まで、熊野古道を歩きました。約15km、徒歩数25,812歩でした。
 JR紀伊内原駅8時30分集合、10名が参加。日高町内を歩き、萩原で熊野古道に合流します。 途中の道標地蔵。
 
 February 7th, ten members of KIGA walked Kumano Kodo from the JR Kiiuchihara to Nishigobo on Kishutetudo, we passed Dojyoji temple, Yukawa-koyasu Shrine and Iwauchi 1st tomb. It was about 15km, I walked 25,812 steps.
 We started walking from Hidaka Town. The road merged with Kumano Kodo at Hagiwara. There is a signpost Jizo on the way.
d0360104_18283673.jpg
 一里塚跡。江戸時代、熊野古道が保存修復されて、和歌山城から一里ごとに松が植えられていましたが、今は松はありません。
 
 This is a milestone called Ichiri-zuka. During in Edo period, the Kumano Kodo was protected and restored by the Kishu Tokugawa lord, and pine trees were planted every one-ri(one ri is 3,927m) from Wakayama castle, but now there are no pine trees left here.
d0360104_18283980.jpg
 右手に弁財天山古墳があります。
 There is an ancient tomb by the name of Bezaiten-yama Kohun on the right.

d0360104_18284123.jpg
 道路に御坊市のマーク
 I found a mark of Gobo city on the road.

d0360104_18284343.jpg
 三差路に道標地蔵。
 You can see the Jido statues at the branch point on the road.

d0360104_18284992.jpg
 27号線。ここは湯川町富安です。 
 There is a road sign written as 27. Here is Tomiyasu in Yukawa town.
d0360104_18285241.jpg
 善童子王子につきました。中世の旅日記によれば、出童子、田藤子、連同子とも記載があります。近くに「おおじゃくぼ」の地名があったそうで、旧社地と思われます。
 現代では善い子の王子とされ、子ども達の守り神となっています。

 We arrived at Zen-doji Oji. It is written in medieval journaly, De-doji or Ren-doji. There was a place named "Ohjyakubo"nearby. it seems to be on old oji's place.
 In modern times this oji became of good child, and it is the gurdian spirit of children. Zen means good, doji means child.

d0360104_18285825.jpg
 富安橋の近くに徳本上人の名号碑。「南無阿弥陀仏」の文字と、その脇に彼独自に書版(かきはん)が刻まれています。月をよんだ歌です。

 You cen see a monument of Tokuhon Shonin (monk) near Tomiyasu Bridge. The letter of "Namu Amida Butsu" and his own mark (Kakihan) were engraved aside. It is about his song that reads the moon. (M.A)

 「鬼ころす 心はまるく 田のうちに 南無阿弥陀仏に うつる月かな」

  "Oni korosu kokoro wa maruku ta no uchini Namu Amida Butsu to uturu tuki kage"

  The heart of killing evil is calm and likes the moon light reflected on the rice field. The Chinese character of the rice field is orijinally aggressive squared,but calm round shaped character contains Namu-Amida-Butsu, the name of the pure land Buddha.

 鬼殺す心は静かで、田の内に映る月のよう。田の字は攻撃的な四角だが、穏やかな丸い田の字には南無阿弥陀仏が宿る。

徳本上人
 日高町出身。自然の中の身を置き、厳しい修行と木食行を行う。各地をまわり、昼夜不断の念仏や苦行を行う念仏聖として知られている。
 文化11年(1814)、江戸の小石川の一行院に住み、庶民の教化につとめた。江戸近郊の農村で念仏講を組織し、その範囲は関東、北陸、近畿までおよんだという。熱狂的な信者が多く、諸大名からも崇拝されていた。
 徳本の念仏は木魚と鉦を激しく叩くという念仏で、徳本念仏と呼ばれた。一行院に墓がある。

d0360104_18290034.jpg
 住宅地をぬけて、田圃と畑の中を歩きましょう。愛徳山王子の標識があります。ここからしばらく、竹やぶの中の狭い道を通ります。


d0360104_18291032.jpg
 愛徳山王子の道路標識


d0360104_18291354.jpg
 愛徳山王子

d0360104_18291780.jpg
 ふたたび竹藪の道を戻ります。

d0360104_18292747.jpg
 道路標識。「右 キみ井・・・」


d0360104_18293861.jpg
 吉田山の麓の石段

d0360104_18294158.jpg
 吉田八幡神社/Yoshida Hachiman Jinja(shrine)

 神社鎮座地は昔から「やはた山」と呼ばれ、近くの平地は「九海士の里」と呼ばれていました。
 かつて、神功皇后が朝鮮と戦った帰り、誉田別皇子を出産しました。この地に行宮(あんぐう、仮の御所)を設け、しばらく留まられたと伝わっています。
 皇后が出立したあと、9人の家来が皇后の後産を埋めた場所をお守りするため残り、九海士の地名の由来となりました。その後、お供たちは漁業や農業を始め、八幡神社を守ったそうです。
 時が経ち、九海士の里に住む海女の夫婦には子宝に恵まれなかったので、八幡神社にお祈りしたところ、女の子を授かり「宮子」と名付けました。この後、宮子は文武天皇夫人までになったと言われています。

 The sanctuary of this shrine has long been called "Yahatayama (mountain)" and the flatland nearby is called " The village of Kuama(Kuama no sato)".

 It is said that empress Jingu used to set up a provisional imperial palace on the way back from the battle of Korea,and stayed for a while in this palace. 
 When she left this palace, nine samurai worriers protected her important place.Then they started fishing and farming, and enshrined Hachiman jinja shrine

 As time went by, there were a couple of fisher woman who lives in the village of Kuama.Since they weren't blessed with children,they prayed to Hachiman jinja shrine,then they got a baby girl, and named her“Miyako”.
 Later it is said that “Miyako” has became the wife of emperor Monmu. (M.Y)


d0360104_18294404.jpg
 八幡橋を渡り、道成寺へむかう途中に「蛇塚」があります。清姫が安珍を追いかけてきて、蛇の姿になりここへ飛びおりたと伝わっています。

d0360104_18300789.jpg
 道成寺への石段。

d0360104_18295185.jpg
 道成寺の北側に立つ新しいお堂は創立当時の寺を再現したものだそうです。
d0360104_18295426.jpg
 運よく開帳していました。ご本尊の秘仏は33年に一度しか見ることができません。


d0360104_18295669.jpg
 千手観音像

d0360104_18295985.jpg
d0360104_18300423.jpg
d0360104_18300916.jpg
 道成寺で早いランチをいただき、再び古道に戻ります。途中、芙蓉の花が咲いていました。


d0360104_18301627.jpg
 吉田山の麓にお地蔵さま


d0360104_18301975.jpg
 九海士王子。海士王子とも。クワマ、クアマ、アマなど、発音は時代によって変化しています。


d0360104_18304082.jpg
 九海士王子からJR線路の手前の川沿いの道を歩きます。重力橋(しこりきはし)を渡ると右手に「いぼ地蔵」が6体あります。


d0360104_18305004.jpg
 西国33カ寺巡りの石碑

d0360104_18305536.jpg
  自動車道を渡り、湯川中学校のフェンスを右にみながら直進します。湯川子安神社の森につきました。

   湯川子安神社 Yukawa-Koyasu-shrine
 
 御坊市湯川小松原にあり、主祭神は木花咲耶姫(このはなさくやひめ)。14世紀、南北朝時代、当地の豪族、湯川氏は熊野の道湯川から当地に進出し、標高110mの亀山に城を築きました。又、小松原は湯川氏の居城跡でした。湯川子安神社は天正の頃、城主が姫の安産を富士の浅間神社に祈願し、その分霊を亀山城に勧請し祀った明神社をが由来です。天正13年(1585)の羽柴秀吉の紀州攻めで亀山城は全焼落城しましたが、現在の地に子安大明神として再興。
 境内は楠の木、ウバメガシ、タブノキ、ヤマモモ、モッコク、イヌマキ等をはじめ、多彩な木々で鬱蒼としています。橋を渡った左の楠の木は幹回り約10m、高さ15m、樹齢約1000年との記載があります。日高地方で最も大きく、御坊市天然記念物に指定されています。

 Yukawa-Koyasu-shrine is located in Komatsubara, Yukawa in Gobo city. The main deity is Konohanasakuyahime princess. In 14th century, Yukawa's powerful family who had moved from Doyukawa in Kumano set up a citadel on Mt. Kameyama located 110m above sea level, and built a castle to live casually in Komatsubara. Around Tensho era (16th century), the lord sent men to pray for his daughter's easy delivery and built a Myojin-shrine after his daughter's easy delivery. In Tensho 13 (1585), the citadel was burnt down, and Yukawa family rebuilt a shrine in Komatsubara, Yukawa as Yukawa-Koyasu-shrine.
 The precinct is dense with many trees such as camphors, holm oaks, Machilus thumbergiis, myricas, Ternstoemia japonicas, podocarps, and more. There is a big and aged camphor tree across a bridge which trunk is about 10m, the height is 15m, and it is said to be 1000 years. It is registerd as a precious natural product in Gobo city. (Y.S)

 

d0360104_18310504.jpg
 境内の大きなご神木。樹齢1000年、高さ15mのクスノキです。

d0360104_18310778.jpg
 クスノキの足元に小さな石仏。

d0360104_18311050.jpg
 どこから見ても大きなクスノキです。

d0360104_18311382.jpg
 湯川子安神社をあとにし、住宅地を南に向かいます。ここは湯川氏ゆかりの法林寺です。

d0360104_18311660.jpg
 光林寺から少し南に歩き九品寺につきました。

d0360104_18312181.jpg
 11代紀州藩主、3代将軍の徳川吉宗の従兄の松平頼勝は、この寺で刺客に襲われ殺されました。

d0360104_18312336.jpg
 日高川の傍の標識。野口新橋を渡ります。岩内王子まで2,2km。

d0360104_18312513.jpg
 日高川。今年の冬は雨が少なく、川の水量も大変少ないようです。

d0360104_18312751.jpg
 橋を渡り右折。住宅が並ぶ道を歩きます。岩内王子まであと800m。


d0360104_18313017.jpg
 御坊大橋の手前のお地蔵さま

d0360104_18313272.jpg
 中に石仏が3体、白いよだれ掛けをつけています。


d0360104_18313457.jpg
 岩内1号墳。有間皇子の墓と言われています。


d0360104_18313862.jpg
 古道に戻り、さらに南に向かいます。日本古来のタンポポが咲いていました。


d0360104_18314175.jpg
 岩内王子。石標には焼芝王子と刻まれています。


d0360104_18314321.jpg
 琴野橋を渡り天田橋へ。


d0360104_18314566.jpg
 紀州鉄道・西御坊駅に着きました。


d0360104_18314716.jpg
 「西御坊駅」

d0360104_18314975.jpg
  「学問駅」。受験にご利益があるとか。
# by wakayamakiga | 2019-02-07 20:07 | Kii route /紀伊路 | Comments(0)

2019年2月のご案内

 梅の便りを聞く季節です。
 KIGA熊野古道歩こう会2月のご案内です。
 参加される場合は必ずご予約下さい。
d0360104_23132806.jpg
紀伊内原~道成寺~紀州鉄道・西御坊まで
 2月7日 
 AM8:30(和歌山駅7:22発きのくに線御坊駅が便利です)
 :集合 JRきい内原駅
【コース予定】 内原➡善童子王子➡愛徳山王子➡道成寺➡湯川子安神社➡熊野神社➡有間皇子の墓➡岩内王子➡西御坊駅(14,6km。標高差なし)

大辺路・八郎峠超え
 2月21日 
 AM7:00
 :集合 JR和歌山駅
【コース予定】 JR和歌山駅(レンタカーで移動)➡きい田原駅➡秀田地蔵➡なちの道道標地蔵➡おふき地蔵➡八郎山山頂➡子抱地蔵➡太地駅(約11,5km。標高差200m)
:持ち物 弁当、飲料、タオル、着替えのシャツなど
*参加費 500円+交通費実費(レンタカー使用の場合は車代+高速料金+ガソリン代などを全員で分担します)


 KIGA熊野高野国際語り部の会
 e-mail kiga@silk.plala.or.jp
 ℡・fax 073-478-2711
 📱   090-2062-7778(東)

# by wakayamakiga | 2019-02-05 23:14 | Information/ウオーク案内 | Comments(0)

From Koza to Tahara/ 古座川・負岩~虫喰岩~佐部城跡を歩く

d0360104_17123941.jpg
 1月31日、JR古座駅から古座川に沿って歩き、高池の虫喰岩から峠越えで紀伊田原駅まで歩きました。KIGAのメンバー7人が参加。
 午後から雨との予報でしたが、歩いている間は雨が降らず、素晴らしい自然の景観を楽しみました。約11km。徒歩数は22,660歩でした。

d0360104_17123484.jpg
 JR和歌山駅7時に出発し、古座駅9時30分着。
 古座橋を渡り、橋の下を潜って神戸神社へむかいます。


d0360104_17124331.jpg
 古座橋から見る景観。漁村の雰囲気があります。

d0360104_17124773.jpg
 古座川に沿った住宅街を歩きます。

d0360104_17125069.jpg
 神戸(こうど)神社
 神戸神社の祭神は牛頭天皇(スサノオノミコト)で、火の神カグツチノミコトを併神とすると伝わっています。(神社誌では神戸大神としています)
 この神社には社がありません。古いスザジイの巨木がご神体です。 昔、鳥居をたてるべきかと神様にお聞きしたところ、この地方は木材の主産地であるから鳥居はいらない、鳥居の高さより高く炎が上がるよう火をたくようにとのご神託があり、そのため盛大に火を焚くようになりました。

 Kodo Shrine  
 The main deity of this shrine is Gozu-tenno (Susanoh-no-mikoto), God of Fire Kagutsuchi-no-mikoto is enshrined as the side deity. There is no building in the precincts. The old huge tree, SuzaJi had become the subject of the prayer.
 
 There is no torii at this shrine. In old time when people asked God if they should build a torii, God said that torii is not necessary because the main industry in this region is wood. Furthermore, God said, you should take a fire higher than the torii. For that reason they began to have burn fire as a grand festival. 
(M.A)

  
d0360104_17130821.jpg
 11月15日に「火焚祭り」(「霜月まつり」とも)が行われてきましたが、現在では15日に近い土曜、日曜に行われています。冬の弱光の太陽に火炎を奉納して、活力を与え、来春の豊作を祈願する祭りです。
 14日の宵祭りは日没の午後5時、神主の祝詞についで各代表の玉串奉納のあと、境内に積まれた献木(スギ、ヒノキ)に御神灯を点火します。
 火柱は4mほどの高さですが、その火の粉は10数メートルにも飛び散り、ご神木のスダジイやクスノキなど、境内の老木の枝葉を焦がすのはいつものことですが、古来、大事に至ったことはありません。
 
 宵祭りには氏子は勿論、近隣から大勢の人が集まり、夜店が並び、子どもたちで賑わいます。獅子屋台が町中を練り歩き、太鼓、笛に浮かれて獅子が舞います。

 神社の社叢は古座川町天然記念物に指定され、イスノキ、ヤマモガシ、山琵琶、ミミズバイ、ヤブツバキ、モチノキ、バリバリノキなど50種類が生育しています。中でも希少な腐生植物のタシロランは栽培が不可能で、自生地の保護が必要だそうです。


d0360104_17131755.jpg
 時代を感じる建物があります。「芳流館互盟社」「やまざき屋旅館」の看板が目に入りました。


d0360104_17132000.jpg
 旧道沿いにお地蔵さま。


d0360104_17132420.jpg
 池野山から古座川にそそぐ川があり、橋を渡ると向こうに日吉神社、左に古座川役場があります。



d0360104_17133530.jpg
 橋の手前、右手に高池渡船場碑が立っています。


d0360104_17134908.jpg
 右手に霊厳寺をみて、前方に大きな岩が見えています。負岩です。





d0360104_17135255.jpg
 負岩。赤い鳥居があります。


d0360104_17135526.jpg
 負岩から舗装された道を歩きます。見えてきました、前方に大きな岩が。古座川名物の「高池の虫喰岩」です。

  虫喰岩 

  その表面の形状から虫喰岩と呼ばれている巨岩は約50mの高さと横幅約80mで、古来から自然崇拝の対象でした。 地質学的には1500万年に噴出したマグマの痕跡で、この古座川地区に同様の巨岩が見られ、「熊野カルデラ」と呼ばれた弧状岩脈の一部です。江戸時代の1833年に、一人の行者が当時の飢饉と疫病の平癒を願って観音像を彫り巨岩の穴に願掛けをした由来があります。その後頂上の穴から麓に遷されました。
  

  A bigrock (called Worm eating Rock) about 50m height and 80m wide with uniqueerosion halls on its surface has been the object of nature worship by the localpeople.
   Geologically, it is the remain of the eruptedmagma about 15 million years ago, as you can find similar big rocks around thisKozagawa area as a part of Kumano caldera ring.   

  In 1833A.D. in Edo-period, a monk had made Kannon statues (Deity of motherhood) andput them in a hall of this Rock through praying for peaceful life of the localpeople after the famine disaster which hit throughout of Japan. Now they are transferredin the hut at the bottom of the Rock for easier praying. (by H.S.)

  


 岩の向かい側に「道の駅」があり、土曜、日曜のみ営業の営業です。トイレが使えます。





d0360104_17135828.jpg
 高さ20mの大きな岩に無数の穴があいています。


d0360104_17140164.jpg
 岩の足元に祠があり、石仏が祀られています。


d0360104_17140495.jpg
 これらは「タフォニ」と呼ばれ、長い年月の間に岩の風化によってできたもの。




d0360104_17140678.jpg
 かつて、頂上で祭礼を行っていました。修験道者たちがここから登ります。


d0360104_17140969.jpg
 道の駅で早いランチをすませて、再び歩きはじめました。虫喰岩の裏がわにこんな石があります。猫が眠っているような形です。手も足もあります。


d0360104_17141123.jpg
 公園があり、その後方が熊野古道です。池野山環境衛生センターの後方から山道に入ります。

d0360104_17141408.jpg
 大辺路の標識を見つけました。

d0360104_17141674.jpg
 古道らしい自然道です。


d0360104_17141804.jpg
 苔のようですね。名前がわからないですが。


d0360104_17144059.jpg
 古道は自動車道と並行しています。

d0360104_17144855.jpg
 椎の木が倒れています。それでもきっちりと椎の実をつけています。

d0360104_17145084.jpg
d0360104_17150451.jpg
 自動車道にでましたが、再び山の中を歩きます。
d0360104_17150737.jpg
 狭い山道が続きます。

d0360104_17151326.jpg
 標識があります。「右ハやエみち 左ハさべみち」の文字読み取れがます。左に進みましょう。

d0360104_17151676.jpg
 眼下に登ってきた景色が見えます。

d0360104_17151832.jpg
 急斜面の道を歩きます。

d0360104_17152108.jpg
 峠の地蔵さん

d0360104_17152444.jpg
d0360104_17153177.jpg
 古道はここから急な下り坂ですが、私達は新しく整備されて道を歩くことにします。

d0360104_17153876.jpg
 いがみ滝につきました。

d0360104_17154162.jpg
 冬場で水量が少ないですが、とても綺麗な清流です。

d0360104_17154435.jpg
 ゆるやかな下り道を歩きます。道標地蔵。

d0360104_17154836.jpg
 川と道路が交差する道。
d0360104_17155383.jpg
 紫式部
d0360104_17155549.jpg
 サネカズラの実
d0360104_17155781.jpg
 白式部
d0360104_17160232.jpg
 蜂蜜をとるごうら。この街道のあちこちに見られます。


d0360104_17160462.jpg
 良く歩きました。ようやく住宅がならぶ人里にきました。

d0360104_17160746.jpg
 大きな無患子(むくろじ)の木に藤が巻いています。町指定文化財。

d0360104_17162025.jpg
 佐部バス停の傍の丘に小さな祠が見えます。

d0360104_17162310.jpg
 その足元にも祠がありました。庚申さんですね。

d0360104_17162762.jpg
祠の中の石仏。「寛政十二庚申 施主利平治」の記載があります。
d0360104_17163007.jpg
 佐部バス停から少し歩くと石仏があり、さらに500mほど歩くと「佐部城跡」の説明板があります。佐部城は左手の山の中にあったそうです。

d0360104_17163457.jpg
 次の交差点を右折し、川にそった道を歩き紀伊田原駅に向かいます。

d0360104_17163638.jpg
 国道42号線とJRきのくに線が交差しています。

d0360104_17164148.jpg
 紀伊田原駅に向かう古道沿いに石仏。

d0360104_17164409.jpg
 民家の窓にウツボを干していました。

d0360104_17165192.jpg
 木の葉神社です。紀伊田原駅のすぐそばに鎮座しています。

 田原の「木の葉神社」は木花咲耶姫・神功皇后・応神天皇・武内宿祢を祭神とする神社です。ねんねこの祭りがあり、ねんねこの宮とも言われています。12月の第一日曜日早朝、ご飯持ちの稚児を先頭に一鈴一歩の御練行列で、日の出を礼拝し境内を半周して、神前で湯立の神事があります。その後、拝殿の畳の間で弓取り行事、みかん問答、子守りの神事などが行われます。最後に、獅子舞が奉納されます。このねんねこ祭りは和歌山県無形民俗文化財に指定されています。

 Konoha shrine in Tahara enshrines Konohanasakuyahime princess, Jingu empress, Ojin emperor and Takenouchinosukune. The festival "Nenneko" is held here, so this shrine is also called "Nenneko-no-miya". On the first day in December, early in the morning, there is a parade with a girl in the lead. The girl holds a vessel with rice on her head, and people walk after her hearing a bell rings. They worship the sunrise and walk half around the precincts. The festival holds some other rituals such as "boiling water ritual", "Yumitorishiki", "mikan mondo (question and answer with an orange and koji)", a nursing ceremony and a dance of lions. This Nenneko festival is registered as a important intangible cultural property of Wakayama prefecture. (Yumiko.S)
d0360104_17165342.jpg
 木の葉神社の拝殿

d0360104_17165887.jpg
 木の葉神社のご神体

d0360104_17170134.jpg
 神社の右隣に地主神社が。祭神は大地主命(おおとこぬしのみこと)です。

d0360104_17170488.jpg
 左隣には若宮神社が。祭神は不明と記載されています。

d0360104_17170740.jpg
 金比羅神社が左奥に祀られています。

d0360104_17171768.jpg
 今日の終点の紀伊田原駅に着きました。
 少し雨がばらついてきましたが、今日も無事に歩けて良かったです。

# by wakayamakiga | 2019-02-01 18:42 | Ohechi route 大辺路 | Comments(0)

鹿ヶ瀬峠ー2/From Shishigase Pass to Uchihara

d0360104_00393333.jpg
 2019年1月17日(木)、河瀬王子から鹿ヶ瀬峠を越えて紀伊内原まで歩きました。鹿ヶ瀬大峠から後半の記載です。
 JR湯浅駅~紀伊内原駅まで約16,9km 河瀬王子から大峠まで2,9km。標高差350m。
 1月といえば真冬。さすがに大峠でのランチは寒くなってきたので、早々にひきあげて下山することに。雑木林の中を歩きましょう。しばらく急な下りが続きます。
 
 On January 17,2019, I walked from Gonose Oji to Shisigase Pass and walked to JR Kii Uchihara Station. It is the description of the second harf from Shishigase Ohtoge pass.
 It is approximately 16,9km from JR Yuasa Station to Kii-uchihara Station, and it is 2,9km from Gonose Oji to Ohtoge pass. The altitude difference is 350m.
  January is midwinter in Japan, so it is too cold for lunch at the Ohtoge pass. we decided to go down early. Walkig in the forest make us warm. a steep descent continue for a while.

 
d0360104_00394728.jpg
 昨年秋の台風であちこちに木が倒れています。
 Due to the tyhoon of last autumn, trees are falling dawn here and there.


d0360104_00394938.jpg
 竹林です。やはりここでも、台風で沢山の竹の木が倒れています。
 Even here a lot of bamboo trees are fallen by tyhoon.

d0360104_00400421.jpg
 大峠から約400mほど歩くと、大きな木の下に小さな馬頭観音が。
 Walking about 400m from Ohtoge, there is a small stone statue that called Bato-kannon(horse head Kannon) under a big tree.

d0360104_00400983.jpg
 良くみれば顔が三つ、その上に馬の顔があります。
 Three faces are engraved if you see well, and you can see the horse's face on it.

d0360104_00401884.jpg
 小峠につきました。
 We arrived at Kotouge. Ko means small, oh means big. Toge means pass.

d0360104_00402056.jpg
 小峠の地蔵道標。熊野古道の道標は必ずしも生きている参詣者のためではなく、行き倒れになって亡くなった人達のためでもあります。
 This Jizo of Kotohge is a signpost. These sign post of Kumano Kodo are not necessarily for living pilgrims, but are also the sign post for those who fell in the road and died.
 

d0360104_00403461.jpg
 石畳道が続いています。熊野古道で現存する最長の石畳道です。
 The stone pavement road continues. It is the longest stone pavement road that remain in modern times in Kumano Kodo.

d0360104_00404632.jpg
 朝は曇り空でしたが、次第に晴れてきました。木々の向こうに遠くの山が見えます。
 It was cludy this morning, but it has gradually become sunny. You can see a mountain over the trees.

d0360104_00410313.jpg
 石畳道の降口に標識があります。長さ503mだそうです。大峠から1,1km。 
 A sign stands at the entrance of the cobblestone road. The length of the stone road is 503m. It is 1,1km from the Ohtoge.
 

d0360104_11504952.jpg
集合写真。撮影は平井さんです。でもその平井さんが映っています。これは合成写真です。
 We took a group photograph. Mr.Hirai took this one.

d0360104_00411816.jpg
 木立の中を通り抜けると、遠くに山が見えます。
 When you go through the forest, you can see a big mauntain in the distance.



d0360104_00413543.jpg
 蝋梅。Chimonanthus praecox

d0360104_00421394.jpg
 黄梅と紅梅の咲く丘。
 A hill with yellow and red plum blossoms.

d0360104_00413916.jpg
 台風で倒れた木に花が咲いています。すごい生命力ですね。
 Flowers are blooming from the fallen tree due to the typhoon. It is a strong force.

d0360104_00414847.jpg
 鹿児島紅梅だそうです。

d0360104_00414573.jpg
 It is written Kagosima Kobai
d0360104_00421872.jpg
 古道は平坦な道が続きます。
 The flat old road continues.
 
d0360104_00422090.jpg
 自然林に囲まれた歩きやすい道。
 A walkable road surorunded by natural forest.

d0360104_00424283.jpg
  題目の板碑。法華堂跡の前に「南無阿弥陀仏」とかかれた板碑が並んでいます。
  These are "Daimoku-no Itahi". The plate monuments with "Namuami dabutsu" are line up before the Hokke-do Shrine,


d0360104_00430096.jpg
 金魚茶屋跡。昔、茶屋があり、熊野古道の参詣者たちの心なごませるため金魚を飼っていたと伝わっています。石畳道降り口から600m。

d0360104_00430313.jpg
 川の水量は少ないけれど、澄んだ美しい水が流れています。

d0360104_00431521.jpg
 自動車道を横切って、旧道を歩きます。民家がありますが、ほとんど人に逢うことはありません。
 沓掛王子につきました。右手の丘の上にあるので見失いがちですが。かつて、峠を越えてきた旅人はここで沓を履き替えて、古い沓を奉納しました。金魚茶屋から約1km。

d0360104_00432168.jpg
 ここにも蝋梅が咲いています。もうすぐ春ですね。

d0360104_00432471.jpg
 道路の左側に大きな道標が。

d0360104_00432776.jpg
 弘法大師の爪書き地蔵さん。沓掛王子から800m。目的の紀伊内原駅まで5,8km。
d0360104_00433044.jpg
 説明板によれば、宗教心のある人は水をかければ仏の絵が見えると書かれています。貴方も勿論見えますよね?

d0360104_00434436.jpg
 ここにも台風の爪跡が。梅の木に花が咲いていました。

d0360104_00440180.jpg
 四つ石聖跡。後鳥羽上皇がこの石に腰をかけられたそうです。上皇は一人なのになぜ4つ?

d0360104_00440483.jpg
 原谷皇太神社。明治時代、近隣の王子や神社を合祀しました。
d0360104_00440757.jpg
 苔むした石垣が時代を感じさせてくれます。

d0360104_00441269.jpg
 西の馬留王子。河瀬からの上り口にも同じ名前の王子があります。ここは沓掛王子と内原王子の間にあるので間(はざま)王子とも呼ばれています。

d0360104_00441636.jpg
 古道は県道と交わったり離れたりしながら南へ向かいます。光明寺の入口に六地蔵が並んでいます。

d0360104_00441897.jpg
 民家の塀の中に「一里松跡」の道標。

d0360104_00442247.jpg
 道路の左手に石段が見えています。雨司神社への入口です。

d0360104_00442431.jpg
 石段からさらに急な坂が続きます。

 黒竹/Kurochiku ( black bamboo)
 古道の道端の竹藪には、黒竹が見られます。日高町原谷地区は、日本の黒竹の主生産地で明治初期から植林されたそうです。青竹と比較して幹が細く、外皮が黒いのが特徴で、日当たりのよい乾燥地値では鮮やかな黒色となるそうです。その魅力的な黒色を生かした釣り竿や家具の装飾材、垣根、庭の植え込みなどに用いられてきました。民家の庭先には加工途中の黒竹が並べてあるのが見られます。

 In the bamboo bushes at the roadsideof this area, black bamboo can be seen. This Hara-dani area of Hidaka town isthe main production area of black bamboo in Japan, which have been planted fromthe early Meiji era. (about 150 years ago) The black bamboo is characterized byits slender trunk and dark skin compared to normal green bamboo, it turns out tobe bright black under sunny and dry area. Characterized by its attractive black color, they have been used forfishing rods, decorative materials for furniture, fence, and planting of thegarden. You can see black bamboos being processed are lining up in the gardenof the houses. (by H.S.)
d0360104_00443418.jpg
 石段を上りきれば360度パノラマの素晴らしい景観が広がっています。山すそに鳥居があります。

d0360104_00443904.jpg
 少し休憩したらまた歩きましょう。
 熊野古道は県道と離れて右手の山すそに向かいます。
 Kumano Kodo separates from the prefectural road on the way and continues to the foot of the mountain on the right side.

d0360104_00444635.jpg
 今熊野神社/ Imakumano Shrine
 なめら橋を渡り畑の中を歩くと、「今熊野神社」が107段の石段の上に鎮座しています。
 Crissing the Namera Bridge and walking in the field, "Imakumano Shrine"(New Kumano Shrine) is settled on 107 stone steps.
 
d0360104_00445984.jpg
 107段の石段。107 stone steps.

 
d0360104_00450626.jpg
 内の畑王子/Uchinohata Oji
 今熊野神社からさらに山すそを南へ。少し離れて内ノ畑王子です。この王子は近年まで忘れられていましたが、新しく道路ができたので歩きやすくなりました。
 After walking for a while, there is a sign of "Uchinohata Oji" in the mounatin. This oji had forgotten untill recent years, but as new road were made, the pilgrims became easier to walk.

 西の馬留王子から約1,6km。
 It is 1,6km from western Umadome Oji.
 
 
d0360104_00451098.jpg
 槌王子と金剛童子
 内の畑王子は別名「槌王子」と呼ばれています。古代、上皇や従者たちが木の枝を伐り、分に応じてさまざまな槌を造り、榊の枝をつけてこの王子社に奉納しました。
 槌は大黒点の持ち物であり、福徳の象徴です。「ツチ分罰王子」とは罪人を槌で打って罰する神をさします。童子とは仏語で、寺に入り落髪を望んでいるが、まだ出家しない優婆塞をいいます。(『和歌山県聖跡』『南海寄帰伝巻3』)

 ツチ分罰王子とは、罪の深い童子のことで、仏の道に近づくための槌を造って奉納し、潔斎し、祈願することで、定家の自筆本『熊野道之問愚記』で「ツチ金剛童子」と記しています。
 また『熊野曼荼羅』には王子の姿が金剛童子として描かれています。これは密教の護法童子の一つであって、童形で忿怒の相をなし、左手で三鈷を持ち、左足で蓮華を踏んでいます。(吉田昌夫・向陽書房『熊野古道』より)
 
 Tsuchi Oji and Kongo Doji
 Uchinohata Oji is also called "Tsuchi Oji". In ancient times the Emperors and follwers cut down branches of trees, and made various Tuchi(hammer) by their status, dedicated to this oji with branchs of Sakaki (ever green) trees.
 Tuchi(hammer) is belongs to Daikokuten, the symble of Fukutoku which means good foutune. Tuchi Oji is a god who punish sinners with a hummer. Doji is a word from the Buddhist which means a person who enters the temple and learns Buddhist scripture, but can not get to the holly place.
 Tsuchi-wake-batsu Oji means a child who is deeply sinfull and by making a Tsuchi (hammer), they can get close to the way of Buddha, dedicating, purification and prying.
 Fujiwara Teika wrote about Tsuchi Kongo Doji in his book.
 Also it is written in "Kumano Mandara" about this oji that is the figure of Kongo Doji. This is one of esoteric Buddism gurdians with the form of child. They allways look angry, and steped on a lutus flower with his foot. (Yoshida Masao in "Kumano Kodo-Koyo shobo") (Michi A)

 ここから高家王子まで約1,6km。山を越えてきた足には少々きついですが、自分のペースでゆっくり歩きましょう。
 It is 1,6km to Taie Oji. It is a bit tight to our foots that crossed the mountain, so Let's walk slowly at our own pace.

d0360104_00451383.jpg

 内の畑王子神社の境内に高家王子があります。明治時代、近隣の五箇村が合併されました。


d0360104_00452978.jpg

 本殿の右手に境内社として天児屋根命(あめのこやねのみこと)を祀っています。平成26年7月、氏子崇敬者の要望によりお祀りしているそうです。
d0360104_00453295.jpg

 本殿の左手の境内社に「稲荷神社」。説明板によれば、昭和56年、宇迦之御魂神、葛葉稲荷大明神が遷座、祀っています。
d0360104_00454106.jpg

 境内には珍しい樹木が多く、本殿後方に槙の大木がそびえています。

d0360104_00454737.jpg

 神社の傍を流れる西川には愛子の淵とよばれる物語が伝わっています。ここからJR紀伊内原駅まで1,5km。
 河瀬王子から紀伊内原駅までの私の徒歩数は約27000歩でした。
 今日も一日、参加者全員が元気で歩けたことに感謝です。(東)
 


# by wakayamakiga | 2019-01-25 00:02 | Kii route /紀伊路 | Comments(0)

法華の壇  The Stages of Lotus Stra


尾根の頂上にもかかわらず、比較的平らな場所がありました。ここは「法華の壇」と呼ばれていて、現在は広川の河口付近にある養源寺の起源になる場所です。
Even on the top of the range, there are relatively flat areas. Here is called "Hokke no Dan" or "the stages of Lotus Sutra" and the original place of Yogen Temple standing near the river mouth of Hiro river now.

947年、一叡という僧侶がここで野宿しました。彼は深夜に法華経を読経する声を聴きました。彼はその尊い声に感動し、自身の生き方を後悔しました。翌朝、誰もいない中で、舌だけが鮮やかな苔むしたどくろを見つけました。
In 947 a monk Ichiei came here and stayed one night. In mid night he heard the voice chanting Lotus Sutra. He was impressed because the voice was so noble and he want to repent his life. Next morning he found no people there except only one moss covered skull with a fresh tongue.

彼はそこでもう一晩泊り読経の声を聴きました。彼はどくろに「なぜあなたはここで法華経を読経しているのですか」と尋ねました。どくろは「私の名前は円善で、6万回法華経を読む決意をしましたが、熊野へ向かう途中の病気で達成できませんでした」。彼は一叡の訪問の約100年前に死んでなお、読経を続けていました。どくろはもうすぐ6万回を達成できるといいました。
He stayed one more night there and heard the chanting voice. He asked to skull "why you are chanting Lotus Sutra here?" The slull replied that his name was Enzen and he vowed to chant Lotus Sutra 60000 times but could not complete by his ill enroute to Kumano. So he was chanting even he died about 100 years before the Ichiei's visit. The skull said soon he establish 60000 times.

一叡は熊野に向かってから、再びここに戻りました。もはや読経は聞こえませんでした。円善が6万回を達成したのだと思いました。この話を聞いた高僧がここに小さな寺を建てて、養源寺の起源になりました。
Ichiei headed to Kumano and returned here again. He never heard chanting again. He understood Enzen completed 60000 times. One priest heard this story and build a small temple here and this is the orign of Yogen temple.

この話には、いくつか興味深いことがあります。静かな森の中では、木の葉が風に吹かれたり、小さな沢の流れが人の話し声そっくりに聞こえることがあります。
There are some interesting points about this story. In the quiet forest, the sound blowing the leaves or flowing water in the small creek seems the voice very much someone speaking.

法華経は69384の漢字で構成されているので、毎秒3文字の速さで毎晩8時間ぶっ通しで読んでも、132年かかります。一叡が熊野から戻った時、円善が6万回を達成したのは納得できます。
Lotus Sutra contains 69384 Chinese characters, chanting whole night of 8 hours by the rate of 3 characters a second, it takes 132 years. When Ichiei returned from Kumano, Enzen completed 60000 is reasonable.

第一に、6万回の読経は不可能な目標で、私たちは無謀な目標を立てるべきではありません。第二に、幽霊になっても目標を達成するという強い決意が重要です。第三に大乗仏教は、自身の悟りをめざすだけではなく、他の多くの人にも促すように教えています。
At first, 60000 times chanting is a impossible dream so we should not make a reckless plan. Then second, the determination even if we become the ghost establishing the plan is really important . And third, according to Mahayana Buddhism ( the Big Ship concept carrying many people to the enlighten world) guides to practice not only for own enlightment but also for many others.

d0360104_21134968.jpg
法華の壇・寺院跡と思われます。
There some flat places maybe they was a temple.

d0360104_21140432.jpg
d0360104_21142199.jpg
法華の壇のモニュメント。 ここの最上部にあります。 The monuments at the top of this area.
d0360104_21143593.jpg

# by wakayamakiga | 2019-01-23 13:13 | Kii route /紀伊路 | Comments(0)

KIGA 熊野・高野国際語り部の会のブログです


by 熊野小僧(kumano kozo)
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る