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Walking in the Gobo City / 御坊市内を歩く

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 2月7日(木)紀伊内原~御坊の道成寺~湯川子安神社~岩内一号墳~紀州鉄道・西御坊駅まで、熊野古道を歩きました。約15km、徒歩数25,812歩でした。
 JR紀伊内原駅8時30分集合、10名が参加。日高町内を歩き、萩原で熊野古道に合流します。 途中の道標地蔵。
 
 February 7th, ten members of KIGA walked Kumano Kodo from the JR Kiiuchihara to Nishigobo on Kishutetudo, we passed Dojyoji temple, Yukawa-koyasu Shrine and Iwauchi 1st tomb. It was about 15km, I walked 25,812 steps.
 We started walking from Hidaka Town. The road merged with Kumano Kodo at Hagiwara. There is a signpost Jizo on the way.
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 一里塚跡。江戸時代、熊野古道が保存修復されて、和歌山城から一里ごとに松が植えられていましたが、今は松はありません。
 
 This is a milestone called Ichiri-zuka. During in Edo period, the Kumano Kodo was protected and restored by the Kishu Tokugawa lord, and pine trees were planted every one-ri(one ri is 3,927m) from Wakayama castle, but now there are no pine trees left here.
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 右手に弁財天山古墳があります。
 There is an ancient tomb by the name of Bezaiten-yama Kohun on the right.

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 道路に御坊市のマーク
 I found a mark of Gobo city on the road.

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 三差路に道標地蔵。
 You can see the Jido statues at the branch point on the road.

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 27号線。ここは湯川町富安です。 
 There is a road sign written as 27. Here is Tomiyasu in Yukawa town.
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 善童子王子につきました。中世の旅日記によれば、出童子、田藤子、連同子とも記載があります。近くに「おおじゃくぼ」の地名があったそうで、旧社地と思われます。
 現代では善い子の王子とされ、子ども達の守り神となっています。

 We arrived at Zen-doji Oji. It is written in medieval journaly, De-doji or Ren-doji. There was a place named "Ohjyakubo"nearby. it seems to be on old oji's place.
 In modern times this oji became of good child, and it is the gurdian spirit of children. Zen means good, doji means child.

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 富安橋の近くに徳本上人の名号碑。「南無阿弥陀仏」の文字と、その脇に彼独自に書版(かきはん)が刻まれています。月をよんだ歌です。

 You cen see a monument of Tokuhon Shonin (monk) near Tomiyasu Bridge. The letter of "Namu Amida Butsu" and his own mark (Kakihan) were engraved aside. It is about his song that reads the moon. (M.A)

 「鬼ころす 心はまるく 田のうちに 南無阿弥陀仏に うつる月かな」

  "Oni korosu kokoro wa maruku ta no uchini Namu Amida Butsu to uturu tuki kage"

  The heart of killing evil is calm and likes the moon light reflected on the rice field. The Chinese character of the rice field is orijinally aggressive squared,but calm round shaped character contains Namu-Amida-Butsu, the name of the pure land Buddha.

 鬼殺す心は静かで、田の内に映る月のよう。田の字は攻撃的な四角だが、穏やかな丸い田の字には南無阿弥陀仏が宿る。

徳本上人
 日高町出身。自然の中の身を置き、厳しい修行と木食行を行う。各地をまわり、昼夜不断の念仏や苦行を行う念仏聖として知られている。
 文化11年(1814)、江戸の小石川の一行院に住み、庶民の教化につとめた。江戸近郊の農村で念仏講を組織し、その範囲は関東、北陸、近畿までおよんだという。熱狂的な信者が多く、諸大名からも崇拝されていた。
 徳本の念仏は木魚と鉦を激しく叩くという念仏で、徳本念仏と呼ばれた。一行院に墓がある。

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 住宅地をぬけて、田圃と畑の中を歩きましょう。愛徳山王子の標識があります。ここからしばらく、竹やぶの中の狭い道を通ります。


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 愛徳山王子の道路標識


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 愛徳山王子

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 ふたたび竹藪の道を戻ります。

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 道路標識。「右 キみ井・・・」


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 吉田山の麓の石段

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 吉田八幡神社/Yoshida Hachiman Jinja(shrine)

 神社鎮座地は昔から「やはた山」と呼ばれ、近くの平地は「九海士の里」と呼ばれていました。
 かつて、神功皇后が朝鮮と戦った帰り、誉田別皇子を出産しました。この地に行宮(あんぐう、仮の御所)を設け、しばらく留まられたと伝わっています。
 皇后が出立したあと、9人の家来が皇后の後産を埋めた場所をお守りするため残り、九海士の地名の由来となりました。その後、お供たちは漁業や農業を始め、八幡神社を守ったそうです。
 時が経ち、九海士の里に住む海女の夫婦には子宝に恵まれなかったので、八幡神社にお祈りしたところ、女の子を授かり「宮子」と名付けました。この後、宮子は文武天皇夫人までになったと言われています。

 The sanctuary of this shrine has long been called "Yahatayama (mountain)" and the flatland nearby is called " The village of Kuama(Kuama no sato)".

 It is said that empress Jingu used to set up a provisional imperial palace on the way back from the battle of Korea,and stayed for a while in this palace. 
 When she left this palace, nine samurai worriers protected her important place.Then they started fishing and farming, and enshrined Hachiman jinja shrine

 As time went by, there were a couple of fisher woman who lives in the village of Kuama.Since they weren't blessed with children,they prayed to Hachiman jinja shrine,then they got a baby girl, and named her“Miyako”.
 Later it is said that “Miyako” has became the wife of emperor Monmu. (M.Y)


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 八幡橋を渡り、道成寺へむかう途中に「蛇塚」があります。清姫が安珍を追いかけてきて、蛇の姿になりここへ飛びおりたと伝わっています。

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 道成寺への石段。

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 道成寺の北側に立つ新しいお堂は創立当時の寺を再現したものだそうです。
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 運よく開帳していました。ご本尊の秘仏は33年に一度しか見ることができません。


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 千手観音像

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 道成寺で早いランチをいただき、再び古道に戻ります。途中、芙蓉の花が咲いていました。


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 吉田山の麓にお地蔵さま


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 九海士王子。海士王子とも。クワマ、クアマ、アマなど、発音は時代によって変化しています。


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 九海士王子からJR線路の手前の川沿いの道を歩きます。重力橋(しこりきはし)を渡ると右手に「いぼ地蔵」が6体あります。


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 西国33カ寺巡りの石碑

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  自動車道を渡り、湯川中学校のフェンスを右にみながら直進します。湯川子安神社の森につきました。

   湯川子安神社 Yukawa-Koyasu-shrine
 
 御坊市湯川小松原にあり、主祭神は木花咲耶姫(このはなさくやひめ)。14世紀、南北朝時代、当地の豪族、湯川氏は熊野の道湯川から当地に進出し、標高110mの亀山に城を築きました。又、小松原は湯川氏の居城跡でした。湯川子安神社は天正の頃、城主が姫の安産を富士の浅間神社に祈願し、その分霊を亀山城に勧請し祀った明神社をが由来です。天正13年(1585)の羽柴秀吉の紀州攻めで亀山城は全焼落城しましたが、現在の地に子安大明神として再興。
 境内は楠の木、ウバメガシ、タブノキ、ヤマモモ、モッコク、イヌマキ等をはじめ、多彩な木々で鬱蒼としています。橋を渡った左の楠の木は幹回り約10m、高さ15m、樹齢約1000年との記載があります。日高地方で最も大きく、御坊市天然記念物に指定されています。

 Yukawa-Koyasu-shrine is located in Komatsubara, Yukawa in Gobo city. The main deity is Konohanasakuyahime princess. In 14th century, Yukawa's powerful family who had moved from Doyukawa in Kumano set up a citadel on Mt. Kameyama located 110m above sea level, and built a castle to live casually in Komatsubara. Around Tensho era (16th century), the lord sent men to pray for his daughter's easy delivery and built a Myojin-shrine after his daughter's easy delivery. In Tensho 13 (1585), the citadel was burnt down, and Yukawa family rebuilt a shrine in Komatsubara, Yukawa as Yukawa-Koyasu-shrine.
 The precinct is dense with many trees such as camphors, holm oaks, Machilus thumbergiis, myricas, Ternstoemia japonicas, podocarps, and more. There is a big and aged camphor tree across a bridge which trunk is about 10m, the height is 15m, and it is said to be 1000 years. It is registerd as a precious natural product in Gobo city. (Y.S)

 

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 境内の大きなご神木。樹齢1000年、高さ15mのクスノキです。

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 クスノキの足元に小さな石仏。

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 どこから見ても大きなクスノキです。

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 湯川子安神社をあとにし、住宅地を南に向かいます。ここは湯川氏ゆかりの法林寺です。

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 光林寺から少し南に歩き九品寺につきました。

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 11代紀州藩主、3代将軍の徳川吉宗の従兄の松平頼勝は、この寺で刺客に襲われ殺されました。

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 日高川の傍の標識。野口新橋を渡ります。岩内王子まで2,2km。

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 日高川。今年の冬は雨が少なく、川の水量も大変少ないようです。

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 橋を渡り右折。住宅が並ぶ道を歩きます。岩内王子まであと800m。


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 御坊大橋の手前のお地蔵さま

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 中に石仏が3体、白いよだれ掛けをつけています。


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 岩内1号墳。有間皇子の墓と言われています。


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 古道に戻り、さらに南に向かいます。日本古来のタンポポが咲いていました。


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 岩内王子。石標には焼芝王子と刻まれています。


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 琴野橋を渡り天田橋へ。


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 紀州鉄道・西御坊駅に着きました。


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 「西御坊駅」

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  「学問駅」。受験にご利益があるとか。
by wakayamakiga | 2019-02-07 20:07 | Kii route /紀伊路 | Comments(0)

2019年2月のご案内

 梅の便りを聞く季節です。
 KIGA熊野古道歩こう会2月のご案内です。
 参加される場合は必ずご予約下さい。
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紀伊内原~道成寺~紀州鉄道・西御坊まで
 2月7日 
 AM8:30(和歌山駅7:22発きのくに線御坊駅が便利です)
 :集合 JRきい内原駅
【コース予定】 内原➡善童子王子➡愛徳山王子➡道成寺➡湯川子安神社➡熊野神社➡有間皇子の墓➡岩内王子➡西御坊駅(14,6km。標高差なし)

大辺路・八郎峠超え
 2月21日 
 AM7:00
 :集合 JR和歌山駅
【コース予定】 JR和歌山駅(レンタカーで移動)➡きい田原駅➡秀田地蔵➡なちの道道標地蔵➡おふき地蔵➡八郎山山頂➡子抱地蔵➡太地駅(約11,5km。標高差200m)
:持ち物 弁当、飲料、タオル、着替えのシャツなど
*参加費 500円+交通費実費(レンタカー使用の場合は車代+高速料金+ガソリン代などを全員で分担します)


 KIGA熊野高野国際語り部の会
 e-mail kiga@silk.plala.or.jp
 ℡・fax 073-478-2711
 📱   090-2062-7778(東)

by wakayamakiga | 2019-02-05 23:14 | Information/ウオーク案内 | Comments(0)

From Koza to Tahara/ 古座川・負岩~虫喰岩~佐部城跡を歩く

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 1月31日、JR古座駅から古座川に沿って歩き、高池の虫喰岩から峠越えで紀伊田原駅まで歩きました。KIGAのメンバー7人が参加。
 午後から雨との予報でしたが、歩いている間は雨が降らず、素晴らしい自然の景観を楽しみました。約11km。徒歩数は22,660歩でした。

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 JR和歌山駅7時に出発し、古座駅9時30分着。
 古座橋を渡り、橋の下を潜って神戸神社へむかいます。


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 古座橋から見る景観。漁村の雰囲気があります。

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 古座川に沿った住宅街を歩きます。

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 神戸(こうど)神社
 神戸神社の祭神は牛頭天皇(スサノオノミコト)で、火の神カグツチノミコトを併神とすると伝わっています。(神社誌では神戸大神としています)
 この神社には社がありません。古いスザジイの巨木がご神体です。 昔、鳥居をたてるべきかと神様にお聞きしたところ、この地方は木材の主産地であるから鳥居はいらない、鳥居の高さより高く炎が上がるよう火をたくようにとのご神託があり、そのため盛大に火を焚くようになりました。

 Kodo Shrine  
 The main deity of this shrine is Gozu-tenno (Susanoh-no-mikoto), God of Fire Kagutsuchi-no-mikoto is enshrined as the side deity. There is no building in the precincts. The old huge tree, SuzaJi had become the subject of the prayer.
 
 There is no torii at this shrine. In old time when people asked God if they should build a torii, God said that torii is not necessary because the main industry in this region is wood. Furthermore, God said, you should take a fire higher than the torii. For that reason they began to have burn fire as a grand festival. 
(M.A)

  
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 11月15日に「火焚祭り」(「霜月まつり」とも)が行われてきましたが、現在では15日に近い土曜、日曜に行われています。冬の弱光の太陽に火炎を奉納して、活力を与え、来春の豊作を祈願する祭りです。
 14日の宵祭りは日没の午後5時、神主の祝詞についで各代表の玉串奉納のあと、境内に積まれた献木(スギ、ヒノキ)に御神灯を点火します。
 火柱は4mほどの高さですが、その火の粉は10数メートルにも飛び散り、ご神木のスダジイやクスノキなど、境内の老木の枝葉を焦がすのはいつものことですが、古来、大事に至ったことはありません。
 
 宵祭りには氏子は勿論、近隣から大勢の人が集まり、夜店が並び、子どもたちで賑わいます。獅子屋台が町中を練り歩き、太鼓、笛に浮かれて獅子が舞います。

 神社の社叢は古座川町天然記念物に指定され、イスノキ、ヤマモガシ、山琵琶、ミミズバイ、ヤブツバキ、モチノキ、バリバリノキなど50種類が生育しています。中でも希少な腐生植物のタシロランは栽培が不可能で、自生地の保護が必要だそうです。


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 時代を感じる建物があります。「芳流館互盟社」「やまざき屋旅館」の看板が目に入りました。


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 旧道沿いにお地蔵さま。


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 池野山から古座川にそそぐ川があり、橋を渡ると向こうに日吉神社、左に古座川役場があります。



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 橋の手前、右手に高池渡船場碑が立っています。


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 右手に霊厳寺をみて、前方に大きな岩が見えています。負岩です。





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 負岩。赤い鳥居があります。


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 負岩から舗装された道を歩きます。見えてきました、前方に大きな岩が。古座川名物の「高池の虫喰岩」です。

  虫喰岩 

  その表面の形状から虫喰岩と呼ばれている巨岩は約50mの高さと横幅約80mで、古来から自然崇拝の対象でした。 地質学的には1500万年に噴出したマグマの痕跡で、この古座川地区に同様の巨岩が見られ、「熊野カルデラ」と呼ばれた弧状岩脈の一部です。江戸時代の1833年に、一人の行者が当時の飢饉と疫病の平癒を願って観音像を彫り巨岩の穴に願掛けをした由来があります。その後頂上の穴から麓に遷されました。
  

  A bigrock (called Worm eating Rock) about 50m height and 80m wide with uniqueerosion halls on its surface has been the object of nature worship by the localpeople.
   Geologically, it is the remain of the eruptedmagma about 15 million years ago, as you can find similar big rocks around thisKozagawa area as a part of Kumano caldera ring.   

  In 1833A.D. in Edo-period, a monk had made Kannon statues (Deity of motherhood) andput them in a hall of this Rock through praying for peaceful life of the localpeople after the famine disaster which hit throughout of Japan. Now they are transferredin the hut at the bottom of the Rock for easier praying. (by H.S.)

  


 岩の向かい側に「道の駅」があり、土曜、日曜のみ営業の営業です。トイレが使えます。





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 高さ20mの大きな岩に無数の穴があいています。


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 岩の足元に祠があり、石仏が祀られています。


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 これらは「タフォニ」と呼ばれ、長い年月の間に岩の風化によってできたもの。




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 かつて、頂上で祭礼を行っていました。修験道者たちがここから登ります。


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 道の駅で早いランチをすませて、再び歩きはじめました。虫喰岩の裏がわにこんな石があります。猫が眠っているような形です。手も足もあります。


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 公園があり、その後方が熊野古道です。池野山環境衛生センターの後方から山道に入ります。

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 大辺路の標識を見つけました。

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 古道らしい自然道です。


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 苔のようですね。名前がわからないですが。


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 古道は自動車道と並行しています。

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 椎の木が倒れています。それでもきっちりと椎の実をつけています。

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 自動車道にでましたが、再び山の中を歩きます。
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 狭い山道が続きます。

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 標識があります。「右ハやエみち 左ハさべみち」の文字読み取れがます。左に進みましょう。

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 眼下に登ってきた景色が見えます。

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 急斜面の道を歩きます。

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 峠の地蔵さん

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 古道はここから急な下り坂ですが、私達は新しく整備されて道を歩くことにします。

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 いがみ滝につきました。

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 冬場で水量が少ないですが、とても綺麗な清流です。

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 ゆるやかな下り道を歩きます。道標地蔵。

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 川と道路が交差する道。
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 紫式部
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 サネカズラの実
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 白式部
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 蜂蜜をとるごうら。この街道のあちこちに見られます。


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 良く歩きました。ようやく住宅がならぶ人里にきました。

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 大きな無患子(むくろじ)の木に藤が巻いています。町指定文化財。

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 佐部バス停の傍の丘に小さな祠が見えます。

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 その足元にも祠がありました。庚申さんですね。

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祠の中の石仏。「寛政十二庚申 施主利平治」の記載があります。
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 佐部バス停から少し歩くと石仏があり、さらに500mほど歩くと「佐部城跡」の説明板があります。佐部城は左手の山の中にあったそうです。

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 次の交差点を右折し、川にそった道を歩き紀伊田原駅に向かいます。

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 国道42号線とJRきのくに線が交差しています。

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 紀伊田原駅に向かう古道沿いに石仏。

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 民家の窓にウツボを干していました。

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 木の葉神社です。紀伊田原駅のすぐそばに鎮座しています。

 田原の「木の葉神社」は木花咲耶姫・神功皇后・応神天皇・武内宿祢を祭神とする神社です。ねんねこの祭りがあり、ねんねこの宮とも言われています。12月の第一日曜日早朝、ご飯持ちの稚児を先頭に一鈴一歩の御練行列で、日の出を礼拝し境内を半周して、神前で湯立の神事があります。その後、拝殿の畳の間で弓取り行事、みかん問答、子守りの神事などが行われます。最後に、獅子舞が奉納されます。このねんねこ祭りは和歌山県無形民俗文化財に指定されています。

 Konoha shrine in Tahara enshrines Konohanasakuyahime princess, Jingu empress, Ojin emperor and Takenouchinosukune. The festival "Nenneko" is held here, so this shrine is also called "Nenneko-no-miya". On the first day in December, early in the morning, there is a parade with a girl in the lead. The girl holds a vessel with rice on her head, and people walk after her hearing a bell rings. They worship the sunrise and walk half around the precincts. The festival holds some other rituals such as "boiling water ritual", "Yumitorishiki", "mikan mondo (question and answer with an orange and koji)", a nursing ceremony and a dance of lions. This Nenneko festival is registered as a important intangible cultural property of Wakayama prefecture. (Yumiko.S)
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 木の葉神社の拝殿

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 木の葉神社のご神体

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 神社の右隣に地主神社が。祭神は大地主命(おおとこぬしのみこと)です。

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 左隣には若宮神社が。祭神は不明と記載されています。

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 金比羅神社が左奥に祀られています。

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 今日の終点の紀伊田原駅に着きました。
 少し雨がばらついてきましたが、今日も無事に歩けて良かったです。

by wakayamakiga | 2019-02-01 18:42 | Ohechi route 大辺路 | Comments(0)

鹿ヶ瀬峠ー2/From Shishigase Pass to Uchihara

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 2019年1月17日(木)、河瀬王子から鹿ヶ瀬峠を越えて紀伊内原まで歩きました。鹿ヶ瀬大峠から後半の記載です。
 JR湯浅駅~紀伊内原駅まで約16,9km 河瀬王子から大峠まで2,9km。標高差350m。
 1月といえば真冬。さすがに大峠でのランチは寒くなってきたので、早々にひきあげて下山することに。雑木林の中を歩きましょう。しばらく急な下りが続きます。
 
 On January 17,2019, I walked from Gonose Oji to Shisigase Pass and walked to JR Kii Uchihara Station. It is the description of the second harf from Shishigase Ohtoge pass.
 It is approximately 16,9km from JR Yuasa Station to Kii-uchihara Station, and it is 2,9km from Gonose Oji to Ohtoge pass. The altitude difference is 350m.
  January is midwinter in Japan, so it is too cold for lunch at the Ohtoge pass. we decided to go down early. Walkig in the forest make us warm. a steep descent continue for a while.

 
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 昨年秋の台風であちこちに木が倒れています。
 Due to the tyhoon of last autumn, trees are falling dawn here and there.


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 竹林です。やはりここでも、台風で沢山の竹の木が倒れています。
 Even here a lot of bamboo trees are fallen by tyhoon.

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 大峠から約400mほど歩くと、大きな木の下に小さな馬頭観音が。
 Walking about 400m from Ohtoge, there is a small stone statue that called Bato-kannon(horse head Kannon) under a big tree.

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 良くみれば顔が三つ、その上に馬の顔があります。
 Three faces are engraved if you see well, and you can see the horse's face on it.

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 小峠につきました。
 We arrived at Kotouge. Ko means small, oh means big. Toge means pass.

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 小峠の地蔵道標。熊野古道の道標は必ずしも生きている参詣者のためではなく、行き倒れになって亡くなった人達のためでもあります。
 This Jizo of Kotohge is a signpost. These sign post of Kumano Kodo are not necessarily for living pilgrims, but are also the sign post for those who fell in the road and died.
 

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 石畳道が続いています。熊野古道で現存する最長の石畳道です。
 The stone pavement road continues. It is the longest stone pavement road that remain in modern times in Kumano Kodo.

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 朝は曇り空でしたが、次第に晴れてきました。木々の向こうに遠くの山が見えます。
 It was cludy this morning, but it has gradually become sunny. You can see a mountain over the trees.

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 石畳道の降口に標識があります。長さ503mだそうです。大峠から1,1km。 
 A sign stands at the entrance of the cobblestone road. The length of the stone road is 503m. It is 1,1km from the Ohtoge.
 

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集合写真。撮影は平井さんです。でもその平井さんが映っています。これは合成写真です。
 We took a group photograph. Mr.Hirai took this one.

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 木立の中を通り抜けると、遠くに山が見えます。
 When you go through the forest, you can see a big mauntain in the distance.



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 蝋梅。Chimonanthus praecox

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 黄梅と紅梅の咲く丘。
 A hill with yellow and red plum blossoms.

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 台風で倒れた木に花が咲いています。すごい生命力ですね。
 Flowers are blooming from the fallen tree due to the typhoon. It is a strong force.

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 鹿児島紅梅だそうです。

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 It is written Kagosima Kobai
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 古道は平坦な道が続きます。
 The flat old road continues.
 
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 自然林に囲まれた歩きやすい道。
 A walkable road surorunded by natural forest.

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  題目の板碑。法華堂跡の前に「南無阿弥陀仏」とかかれた板碑が並んでいます。
  These are "Daimoku-no Itahi". The plate monuments with "Namuami dabutsu" are line up before the Hokke-do Shrine,


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 金魚茶屋跡。昔、茶屋があり、熊野古道の参詣者たちの心なごませるため金魚を飼っていたと伝わっています。石畳道降り口から600m。

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 川の水量は少ないけれど、澄んだ美しい水が流れています。

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 自動車道を横切って、旧道を歩きます。民家がありますが、ほとんど人に逢うことはありません。
 沓掛王子につきました。右手の丘の上にあるので見失いがちですが。かつて、峠を越えてきた旅人はここで沓を履き替えて、古い沓を奉納しました。金魚茶屋から約1km。

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 ここにも蝋梅が咲いています。もうすぐ春ですね。

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 道路の左側に大きな道標が。

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 弘法大師の爪書き地蔵さん。沓掛王子から800m。目的の紀伊内原駅まで5,8km。
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 説明板によれば、宗教心のある人は水をかければ仏の絵が見えると書かれています。貴方も勿論見えますよね?

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 ここにも台風の爪跡が。梅の木に花が咲いていました。

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 四つ石聖跡。後鳥羽上皇がこの石に腰をかけられたそうです。上皇は一人なのになぜ4つ?

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 原谷皇太神社。明治時代、近隣の王子や神社を合祀しました。
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 苔むした石垣が時代を感じさせてくれます。

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 西の馬留王子。河瀬からの上り口にも同じ名前の王子があります。ここは沓掛王子と内原王子の間にあるので間(はざま)王子とも呼ばれています。

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 古道は県道と交わったり離れたりしながら南へ向かいます。光明寺の入口に六地蔵が並んでいます。

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 民家の塀の中に「一里松跡」の道標。

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 道路の左手に石段が見えています。雨司神社への入口です。

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 石段からさらに急な坂が続きます。

 黒竹/Kurochiku ( black bamboo)
 古道の道端の竹藪には、黒竹が見られます。日高町原谷地区は、日本の黒竹の主生産地で明治初期から植林されたそうです。青竹と比較して幹が細く、外皮が黒いのが特徴で、日当たりのよい乾燥地値では鮮やかな黒色となるそうです。その魅力的な黒色を生かした釣り竿や家具の装飾材、垣根、庭の植え込みなどに用いられてきました。民家の庭先には加工途中の黒竹が並べてあるのが見られます。

 In the bamboo bushes at the roadsideof this area, black bamboo can be seen. This Hara-dani area of Hidaka town isthe main production area of black bamboo in Japan, which have been planted fromthe early Meiji era. (about 150 years ago) The black bamboo is characterized byits slender trunk and dark skin compared to normal green bamboo, it turns out tobe bright black under sunny and dry area. Characterized by its attractive black color, they have been used forfishing rods, decorative materials for furniture, fence, and planting of thegarden. You can see black bamboos being processed are lining up in the gardenof the houses. (by H.S.)
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 石段を上りきれば360度パノラマの素晴らしい景観が広がっています。山すそに鳥居があります。

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 少し休憩したらまた歩きましょう。
 熊野古道は県道と離れて右手の山すそに向かいます。
 Kumano Kodo separates from the prefectural road on the way and continues to the foot of the mountain on the right side.

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 今熊野神社/ Imakumano Shrine
 なめら橋を渡り畑の中を歩くと、「今熊野神社」が107段の石段の上に鎮座しています。
 Crissing the Namera Bridge and walking in the field, "Imakumano Shrine"(New Kumano Shrine) is settled on 107 stone steps.
 
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 107段の石段。107 stone steps.

 
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 内の畑王子/Uchinohata Oji
 今熊野神社からさらに山すそを南へ。少し離れて内ノ畑王子です。この王子は近年まで忘れられていましたが、新しく道路ができたので歩きやすくなりました。
 After walking for a while, there is a sign of "Uchinohata Oji" in the mounatin. This oji had forgotten untill recent years, but as new road were made, the pilgrims became easier to walk.

 西の馬留王子から約1,6km。
 It is 1,6km from western Umadome Oji.
 
 
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 槌王子と金剛童子
 内の畑王子は別名「槌王子」と呼ばれています。古代、上皇や従者たちが木の枝を伐り、分に応じてさまざまな槌を造り、榊の枝をつけてこの王子社に奉納しました。
 槌は大黒点の持ち物であり、福徳の象徴です。「ツチ分罰王子」とは罪人を槌で打って罰する神をさします。童子とは仏語で、寺に入り落髪を望んでいるが、まだ出家しない優婆塞をいいます。(『和歌山県聖跡』『南海寄帰伝巻3』)

 ツチ分罰王子とは、罪の深い童子のことで、仏の道に近づくための槌を造って奉納し、潔斎し、祈願することで、定家の自筆本『熊野道之問愚記』で「ツチ金剛童子」と記しています。
 また『熊野曼荼羅』には王子の姿が金剛童子として描かれています。これは密教の護法童子の一つであって、童形で忿怒の相をなし、左手で三鈷を持ち、左足で蓮華を踏んでいます。(吉田昌夫・向陽書房『熊野古道』より)
 
 Tsuchi Oji and Kongo Doji
 Uchinohata Oji is also called "Tsuchi Oji". In ancient times the Emperors and follwers cut down branches of trees, and made various Tuchi(hammer) by their status, dedicated to this oji with branchs of Sakaki (ever green) trees.
 Tuchi(hammer) is belongs to Daikokuten, the symble of Fukutoku which means good foutune. Tuchi Oji is a god who punish sinners with a hummer. Doji is a word from the Buddhist which means a person who enters the temple and learns Buddhist scripture, but can not get to the holly place.
 Tsuchi-wake-batsu Oji means a child who is deeply sinfull and by making a Tsuchi (hammer), they can get close to the way of Buddha, dedicating, purification and prying.
 Fujiwara Teika wrote about Tsuchi Kongo Doji in his book.
 Also it is written in "Kumano Mandara" about this oji that is the figure of Kongo Doji. This is one of esoteric Buddism gurdians with the form of child. They allways look angry, and steped on a lutus flower with his foot. (Yoshida Masao in "Kumano Kodo-Koyo shobo") (Michi A)

 ここから高家王子まで約1,6km。山を越えてきた足には少々きついですが、自分のペースでゆっくり歩きましょう。
 It is 1,6km to Taie Oji. It is a bit tight to our foots that crossed the mountain, so Let's walk slowly at our own pace.

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 内の畑王子神社の境内に高家王子があります。明治時代、近隣の五箇村が合併されました。


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 本殿の右手に境内社として天児屋根命(あめのこやねのみこと)を祀っています。平成26年7月、氏子崇敬者の要望によりお祀りしているそうです。
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 本殿の左手の境内社に「稲荷神社」。説明板によれば、昭和56年、宇迦之御魂神、葛葉稲荷大明神が遷座、祀っています。
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 境内には珍しい樹木が多く、本殿後方に槙の大木がそびえています。

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 神社の傍を流れる西川には愛子の淵とよばれる物語が伝わっています。ここからJR紀伊内原駅まで1,5km。
 河瀬王子から紀伊内原駅までの私の徒歩数は約27000歩でした。
 今日も一日、参加者全員が元気で歩けたことに感謝です。(東)
 


by wakayamakiga | 2019-01-25 00:02 | Kii route /紀伊路 | Comments(0)

法華の壇  The Stages of Lotus Stra


尾根の頂上にもかかわらず、比較的平らな場所がありました。ここは「法華の壇」と呼ばれていて、現在は広川の河口付近にある養源寺の起源になる場所です。
Even on the top of the range, there are relatively flat areas. Here is called "Hokke no Dan" or "the stages of Lotus Sutra" and the original place of Yogen Temple standing near the river mouth of Hiro river now.

947年、一叡という僧侶がここで野宿しました。彼は深夜に法華経を読経する声を聴きました。彼はその尊い声に感動し、自身の生き方を後悔しました。翌朝、誰もいない中で、舌だけが鮮やかな苔むしたどくろを見つけました。
In 947 a monk Ichiei came here and stayed one night. In mid night he heard the voice chanting Lotus Sutra. He was impressed because the voice was so noble and he want to repent his life. Next morning he found no people there except only one moss covered skull with a fresh tongue.

彼はそこでもう一晩泊り読経の声を聴きました。彼はどくろに「なぜあなたはここで法華経を読経しているのですか」と尋ねました。どくろは「私の名前は円善で、6万回法華経を読む決意をしましたが、熊野へ向かう途中の病気で達成できませんでした」。彼は一叡の訪問の約100年前に死んでなお、読経を続けていました。どくろはもうすぐ6万回を達成できるといいました。
He stayed one more night there and heard the chanting voice. He asked to skull "why you are chanting Lotus Sutra here?" The slull replied that his name was Enzen and he vowed to chant Lotus Sutra 60000 times but could not complete by his ill enroute to Kumano. So he was chanting even he died about 100 years before the Ichiei's visit. The skull said soon he establish 60000 times.

一叡は熊野に向かってから、再びここに戻りました。もはや読経は聞こえませんでした。円善が6万回を達成したのだと思いました。この話を聞いた高僧がここに小さな寺を建てて、養源寺の起源になりました。
Ichiei headed to Kumano and returned here again. He never heard chanting again. He understood Enzen completed 60000 times. One priest heard this story and build a small temple here and this is the orign of Yogen temple.

この話には、いくつか興味深いことがあります。静かな森の中では、木の葉が風に吹かれたり、小さな沢の流れが人の話し声そっくりに聞こえることがあります。
There are some interesting points about this story. In the quiet forest, the sound blowing the leaves or flowing water in the small creek seems the voice very much someone speaking.

法華経は69384の漢字で構成されているので、毎秒3文字の速さで毎晩8時間ぶっ通しで読んでも、132年かかります。一叡が熊野から戻った時、円善が6万回を達成したのは納得できます。
Lotus Sutra contains 69384 Chinese characters, chanting whole night of 8 hours by the rate of 3 characters a second, it takes 132 years. When Ichiei returned from Kumano, Enzen completed 60000 is reasonable.

第一に、6万回の読経は不可能な目標で、私たちは無謀な目標を立てるべきではありません。第二に、幽霊になっても目標を達成するという強い決意が重要です。第三に大乗仏教は、自身の悟りをめざすだけではなく、他の多くの人にも促すように教えています。
At first, 60000 times chanting is a impossible dream so we should not make a reckless plan. Then second, the determination even if we become the ghost establishing the plan is really important . And third, according to Mahayana Buddhism ( the Big Ship concept carrying many people to the enlighten world) guides to practice not only for own enlightment but also for many others.

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法華の壇・寺院跡と思われます。
There some flat places maybe they was a temple.

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法華の壇のモニュメント。 ここの最上部にあります。 The monuments at the top of this area.
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by wakayamakiga | 2019-01-23 13:13 | Kii route /紀伊路 | Comments(0)

鹿ヶ瀬峠を越えて/Beyond the Shishigase Pass

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 2019年が始まりました。今年も元気で歩きたいと思います。
 1月17日(木)、午前8時40分、KIGAのメンバー12名が湯浅駅に集合。タクシーで井関バス停まで移動し、井関から鹿ヶ瀬峠を越えて歩きました。
 2019year has begun. I hope to walk in good health this year.
 On January 17(Thuraday), at 8:40am, 12 members of KIGA gathered at Yuasa Station and took two taxi to the Iseki bus stop. We walked from Iseki across the Shishigase pass.

 鹿ヶ瀬峠/Shishigase Toge Pass
 熊野古道は湯浅町から広川に沿って広川町井関・河瀬地区に入り、鹿ヶ瀬峠を超え日高町に至ります。馬留王子から鹿ヶ瀬峠の頂上まで約2.5km、坂道を辿ります。標高345mの大峠には、昔、茶屋・旅籠があり賑わいを見せていました。大峠から少し日高町側へ下った小峠からは、503mに及ぶ昔ながらの石畳が残っています。熊野古道では最長の石畳道といわれています。
 From Yuasa town, Kumano Pilgrimage road will lead you to Iseki and Gonose district along Hirogawa river, and going over Shishigase Toge Pass will lead you to Hidaka town. From Umadome-Oji to Shishigase Toge Pass takes about 2.5km on sloping road.
 Shishigase Toge Pass (also called Ootoge Pass) is 345m above sea level and in the old days there used to be some teahouses and inns.
 Going down 500m towards Hidaka, you will find "Kotoge". There remains 503m stone sloping pavement from around Edo era and it is said to be the longest stone pavement of Kumano Pilgrimage road. (Yumiko.S)
 
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 河瀬橋の袂に立つ道標。徳本上人の筆によるもので上人のマークがあります。
 A signpost that stands at the edge of Gonose Bridge. The engraved character is written by Tokuhon Shonin's brush and you can see his mark on it.

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 河瀬王子。河瀬が川瀬となり、ツノセと書かれた古書もあります。
 This is Gonose Oji. Go means kawa(river),se means riverside,so later it is written as Kawase(river side) in old book. Also Kawa became to Tsu, it is similar to Katakana word.
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 岩場は修験道者たちの修験の場であったことを彷彿とさせます。
 In the past, this rocky place was a place where mountainous expereiencers. trained.You can imagine that.
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 延命地蔵寺。汗かき地蔵と呼ばれる地蔵尊は、汗をかきながら旅人の背を押してくれるそうです。
 Enmei Jizo-ji Temple(longervity Jizo temple)
 Also this jizo called sweating Jizo. People in the community have told us that this Jizo push the traveler's back while sweating himself.
 
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 地蔵寺境内の並んだ墓石群。長い年月を経て、古道の路傍にあった墓石が集められたようです。
 A group of tombstones lineing in the Jizo-ji Temple. It seems that long times has passed and tombstones that were on the old road side were gathered here.

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 地蔵寺脇の石碑に「南無阿弥陀仏」の文字が刻まれています。
 The stone monument beside Jizoji is engraved with the letters "Namuamidabutsu".


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 河瀬王子から約700m歩くと東の馬留王子の標識があります。熊野参詣者たちはここから馬を降りて歩きます。
 Walking anout 700m from Gonose Oji, There is a sign of Higashi-no Umadome Oji. Higashi means eastern, Uma means horse, Tome(ru) means fasten. Kumano pilgrims get down the horses and walk from here.
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 徳本上人の名号碑。三差路の右が熊野古道です。
 There is a monument of Tokuhon Shonin also here.The right of the branch point goes on Kumano.
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 道路標識
 There is a small road sign.
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 立場跡。大峠まで2340m。
 A sign of the Tachiba Ato, Tachi means standing ba means place, ato means ruin. It is 2340m from here to Ohtoge.
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 ふりかえると大きな山が目にはいりました。
 A large mountain came into my eyes when l looked back.
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 道路脇の植物に白い実が。白式部(シロシキブ)は別名コシロシキブと言い、クマツヅラフジ科ムラサキシキブ属の落葉小低木で、紫式部の変種の白実種です。原産地は日本、朝鮮半島、中国。(かぎけんWEB「花図鑑」参照)

 White fruits growing on the plants by the road side. This is the Shiroshikibu.(Callicarpa japonica f.albibacca)
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 古道はここから登り坂になっていきます。
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 かなり上ってきました。歩いてきた道を見下ろす景色です。
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 ここにも白い実をつけた植物が。
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 古道は続きます。
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 野苺の赤い実
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 急な登り坂を歩いてきました。大きな木のトンネルをくぐります。 
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 頂上はまだですか?
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 大峠まで700m。頑張りましょう。
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 白い実は紫式部の仲間の白式部です。
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 道路がよく整備されています。
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 大峠の地蔵。痔の地蔵とも呼ばれています。
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 「是より紀三井寺七里」の文字が読み取れます。
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 法華の壇の入口の道標。「広養源寺の飛地境内」と書かれています。大峠まで152mですが、法華の壇へ寄ります。
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 法華の壇。昨年秋の台風で倒れた木がそのままです。
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 大峠に着きました。広いスペースがあり、大きな木がそびえています。椅子もあるので、今日はここでお弁当タイムとしましょう。
 
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by wakayamakiga | 2019-01-20 12:30 | Kii route /紀伊路 | Comments(0)

熊野古道歩こう会・2019年1月~のご案内

 熊野古道歩こう会 2019年1月からのご案内
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 新年を迎えて毎日寒い日が続いています。元気で熊野古道を歩けることに感謝です。本年もどうぞ宜しくお願いします。
 1月からのご案内です。

紀伊路ー⑥ 河瀬王子~鹿ケ瀬峠~紀伊内原へ
:日時 1月17日(木) AM8:40
:集合 JR湯浅駅(JR和歌山駅7:51発湯浅行きが便利です)
【コース予定】 湯浅駅➡(タクシー分乗)➡東の馬留王子➡鹿ヶ瀬峠・大峠➡石畳道➡金魚茶屋➡沓掛王子➡爪書地蔵➡黒竹の里➡西の馬留王子➡内の畑王子➡高家王子神社➡紀伊内原(約12,2km。標高差350m)

大辺路ー⑥ 古座~佐部城跡~浦神へ
:日時 1月31日(木) AM7:00
:集合 JR和歌山駅東口 (レンタカーで移動します)
【コース予定】JR和歌山駅➡(高速道路)➡古座駅➡神戸神社➡高池渡船碑跡➡霊源寺➡高池の虫食岩➡峠の地蔵➡佐部城跡➡木葉神社➡紀伊田原駅

2月からの予定
:2月7日(木)紀伊路/紀伊内原~愛徳山王子~道成寺~九海士王子~湯川子安神社~岩内王子~岩内古墳~西御坊
:2月21日(木)大辺路/紀伊田原~八郎山~太地駅
:3月7日(木)紀伊路/西御坊~塩屋王子~光専寺~清姫の草履塚~仏井戸~上野王子~叶王子~印南駅
:3月21日(木・祝)大辺路/紀伊浦神~諏訪神社~二河峠~補陀落山寺~那智駅
:4月4日(木)青岸渡寺~大雲取超え
:4月18日(木)高野山・女人道
:5月2日(木)紀伊路/伊太祁曽神社~薬王寺~松阪王子~松代王子~春日神社~菩提房王子~藤代神社

【ウオーク参加費】 500円+交通費(実費)
※参加人数により、レンタカー、またはバスを利用する場合があります。申込はお早い目にお願いします。
※当日の朝6時現在で警報がでた場合は延期とさせていただきます。

KIGA 熊野・高野国際語り部の会
【連絡先】 640-0302 和歌山市永山83-5 ℡073-478-2711 📱090-2062-7778 e-mail kiga@silk.plala.or.jp


by wakayamakiga | 2019-01-13 22:04 | Information/ウオーク案内 | Comments(0)

伊太祁曽神社/Itakiso Shrine

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 2019年の始まりです。今年5月には天皇が譲位されるため、平成最後のお正月です。1月2日に伊太祁曽神社へお詣りに行きました。
 貴志川線、伊太祈曽駅から徒歩3分の所に神社があります。大きな鳥居があるのですぐにわかります。
 2019 year has begun. It is the last New Year's Heisei era. Because Heisei Emperor will be abodicated in May this year.
 On January 2nd, I went to Itakiso Shrine.
 The Shrine is located 3 minutes on foot from Idakiso Station on the Kishigawa line. When you see big torii(gate), it is enter of Itakiso Shrine.
  
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 神社の前に大きな池があり、その中ほどにもう一つの鳥居があります。その鳥居をくぐり、赤い欄干のある橋を渡って神社の境内に入ります。
 There is a big pond in front of the shrine, and there is another torii in the middle. Let's enter under the torii and cross the red bridge.
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お正月なので出店が並んでします。
 It is New Year's Day, so some shops are lining up.
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伊太祁曽神社/ Itakiso Shrine

 伊太祁曽神社の主祭神は五十猛命です。
 『日本書記』神話遍に、素戔嗚尊(すさのおのみこと)がその子五十嵐命(いたけるのみこと)とともに新羅から木の種をもち帰り、日本国中にまき、残った木種のすべてを木国(和歌山)にまいたと記載があります。

 Main deity of this shrine is Itakeru-no Mikoto.
 It is wrriten in " Nihonshoki's myths" Susanoh-no Mikoto brought many tree seeds from Shiragi with three children, and they sowed seeds all of Japan. The remaining seeds were sown in Kii country(Wakayama).

 素戔嗚尊の3人の子ども五十嵐命と大屋津比売(おうやつひめ)、都麻都比売命(つまつひめ)は始め、現在の日前宮に鎮座していましたが、のちに宇多森に遷座し、聖武天皇の御代に三か所の地に分遷されました。大屋都比売命は和佐の高積神社に、都麻津比売命は吉礼の都麻津比売神社に祀られています。

 At the beginning three children of Susanoh, Itakeru and Ohyatsu-hime, Tsumatsu-hime are enshrined at Nichizen-gu Shrine, but later they moved to Udanomori. In the age of Emperor Shomu, three brothers and sisters were divaided into three places . Ohyatsu-hime is enshrined in Takatsumi Shrine at Wasa, Tsumatsu-hime is enshrined at Tsumatsu-hime Shrine in Kire and Itakeru is here.
 Also, at each shrine brothers and sisters are enshrined together as god.
 
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 中央に主祭神の五十猛命を祀っています。
  Itakeru-no Mikoto is enshrined in the middle as the main god.
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 左側の社に大屋都比売命が祀られています。
 Ohyatsu-hime-no Mikoto is enshrined to the left.
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 右側の社には都麻津比売命が祀られています。
 Tsumatsu-hime-no Mikoto is enshrined to the right.
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 神社の左手に蛭子神社があります。
 Hiruko Shrine is in the left side of Shrine's yard.
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 お猿石・Osaru Ishi(Monkey stone)
 蛭子神社の前に不思議な形の石が置かれています。
 これは猿の顔に似ていることから「お猿石」とよばれ、古くは参詣者は本殿参詣の前に手をあてて心気をしずめたと伝わっています。現代でも首より上の病に霊験があるそうです。
 A strange stone is placed in front of Hiruko Shrine. 
 This is called "Osaru Ishi (monkey stone) because it resembles the face of a monkey. In old days it is said that the pilgrims touched their hands before
visiting the main shrine and calmed down their mind. It seems that there is an inspiration for diseases above the neck even in modern times.
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 木俣くぐり / Kinomata Kuguri
 神社境内に大きな古木があり、中が空洞になっています。
 説明版があるので一部、抜粋します。
 「古事記神話の実体験 木俣くぐり」
 神代の昔 大国主神が八十神に命をねらわれた時 母神の刺国若比売が木国の大屋比古神(おおやひこのかみ・五十猛の別名)のところへ逃がします。木国へ逃れた大国主神は大国主神は大屋比古神の助言により 木俣をくぐり難を逃れます。
 この神話をもとに木俣をくぐると難を逃れると信じられるようになり、現代でも多くの参詣者たちが木俣をくぐっているそうです。
 この神話を書いた絵本が境内で販売されています。日本の神話を次世代の子どもたちの伝えていきたいですね。

 There is a big old tree in the precincts, and the inside of the trunk is a hollow. Explanation Board is standing, so I will introduce you.
 ‟Experiences of Kojiki myth Ki-no-mata Kuguri"
 In the age God lived in Japan.
  When many older God tryed to kill Oukuninushi, mother Sashukuniwaka-hime sent him to the place of Ohyabiko(another name of Itakeru-no Mikoto)
 Okuninushi escaped to Kinokuni and passed through tree's cavity by Ohyabiko's advice. And he was able to escape hardships.
 By on this myth, people believed that they can escape the difficulty by going through tree's cavity, and in modern times many pilgrims are going through Kinomata.
 The picture book which wrote this myth is sold in this shrine. I would like to convey the Japanese myths to the next generation children. (by M.A)

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 猪の置き物?これはチェンソーアートです。

by wakayamakiga | 2019-01-04 23:20 | Shrine in Wakayama | Comments(0)

Ohechi route-6 From Kushimoto to Koza /串本から古座へ

 
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  12月20日(木)、本州最南端の串本から古座まで歩きました。KIGAのメンバー11名と一緒です。
  午前6時40分、JR和歌山駅に集合し、10人乗りの車1台と普通車1台に乗り出発。8時30分、JR串本駅につきました。
  On Thursday December 20th,11 members of KIGA walked from Kushimoto at the southernmost tip of Honshu to Koza.
 At 6:40am, we took two cars and left JR Wakayama Station. We arrived to JR Kushimoto Station at 8:30.
 
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  駅前に立つ「本州最南端」の標識。
  " Honshu southernmost tip" sign stands in front of the station.


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  駅から右手の「東海岸通り」の市街地を歩きます。漁業が盛んであった時代の雰囲気が残っています。干物店、海産物店がならび、地方発送もしてくれるそうです。
  立派な石垣の邸です。
Let's walk down the street of "East Coast Street" on your right from the station. The atmosphere of the era when the fishing industry was popular remains. Dried fish stores and marine goods stores are still open now.
Here is a fence with stacked stones.


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 この邸のご主人、矢倉さんにお逢いしました。今も住んでおられます。かつて、邸の前まで海が広がっていたそうです。
 We met a man of this residence. He still lives there. He told us that the sea had spread to the front of this house in old times.

 
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 紀陽銀行の手前で右折し、路地を歩きましょう。
 Let's turn to the right before the Kiyo Bank, and walk down the alley.


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  大きな木の上に別の木が・・・。
  Another tree grows on a big tree.


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 「紀州串本無量寺」に着きました。
  We arrived at "Kishu Kushimoto Muryoji Temple".

 無量寺  
  錦江山無量寺は本土最南端の地、串本町にある臨済宗東福寺派の別格寺院です。元々は袋という小さい入り江の地区にありましたが、宝永4年(1707)10月の宝永地震による大津波で全壊、流失してしまいました。大津波より79年の後、天明6年(1786)、文保愚海和尚が辛苦の末、現在の位置に本堂を再建されました。
  京都本山東福寺において愚海和尚と親交があった画家丸山応挙は、無量寺再建の祝いに障壁画12面を描き、弟子長澤芦雪が応挙の名代として京都から南紀へ向かいました。
  芦雪は約10か月間南紀に滞在し、本堂に襖絵を描いたり、270点余りの絵を描きました。この時「虎図」「龍図」等襖絵の傑作が残されました。
  昭和36年、日本一小さい美術館として応挙芦雪館が境内に開館しました。以来、”絵の寺”として知られてきました。又、南国風の蘇鉄や棕櫚の植え込みや六地蔵など、自由に見ることが出来ます。

   Muryoji Temple is located in Kushimoto town which is the southern town in Honshu. It was originally located in Fukuro, seashore town, but it was destroyed by the tsunami of the Hoei earthquake in 1707,A.D. In 1786, 79 years later, this temple was rebuilt by Gukai priest. A painter, Oukyo, who was in a good terms with Gukai, sent Rosetsu, his pupil, and some congratulatory pictures from Kyoto.
   Rosetsu also drew many pictures while he had stayed here for around 10 months. He painted famous painting ,"tiger" and "dragon" on sliding doors.
   Oukyo-Rosetsu Museum was opened as a smallest museum in Japan on September 1961 (Showa 36) in the precincts. Now Muryoji Temple is famous as "a temple of paintings". (Y.S)
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 無量寺境内の右手に「応挙芦雪館」があります。
 On the right hand side of the temle precinct there is " Ohkyo Rosetsu-kan".


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 無量寺本堂
 Main holl of Muryoji.


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 寺の境内に宝篋印塔と石仏が並んでいます。
 A Hokyo-in-to and stone Buddhist statues are enshrined.


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 六地蔵が板碑に掘られています。
 Rokujizo(six jizos) are engraved on the stone board.

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 無量寺から民家が並ぶ路地を歩き海岸へ。42号線を北に向かって約1,5km歩き、潮浜橋を渡ります。
 Walking through the alley from the Muryoji Temple to the coast. Join the Route 42 and walk about 1,5km toward the north. We cross the Siohama-bashi Bridde.


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  右手に鬮野川(くじのがわ)
  You can see the Kujino-gawa River on the right.


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 川の上にJRきのくに線
 JR Kinokuni line passes over the river.


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 河口付近に仏像が立っています。
 A stone statue stands at the estuary.


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 左手に「袋港」
 You can see the Hukuro-ko Bay at left.


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 潮浜橋から少し歩き、JRの線路の下を潜りましょう。
 let's walk a little from the Siohama-bashi bridge and get under the JR rail way.


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 砂利置き場の前を通り、汐入橋へ。道路脇の樹木が赤い実をつけています。
 Passing the front of the gravel stone park and going to the Shioiri-bashi Bridge. Some trees beside the road show us red fruits.


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  こちらは黒い実
 Those are black fruits.

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  鬮野川の辻地蔵に向かって歩きます。汐入橋の周辺は道路工事中でした。山から切り出した木が積み上げられています。
  walking along the Kujinogawa River to Tsuji-jizo. The road around the Sioiribashi Bridge is under construction. A lot of trees cut out from the mountains are stacked up.

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  橋の傍に炭焼窯があります。備長炭を焼いている若者に出会いました。彼は九州から来ているそうです。  
  There is a charcoal grill kilm near the bridge. We met a young man burning Bincho-tan charcoal. He came from kyushu.




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 山に囲まれたのどかな田園風景が広がっています。
 The landscape of peaceful countryside is surrounded by mountains.

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 野苺を見つけました。甘くて美味しかったです。
 I found strawberries. It was sweet and delicious.

 
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 周辺には珍しい野草が多く生育しています。ワレモコウはバラ科の植物で和名は吾亦紅、吾木香です。花言葉は「変化」「もの思い」「愛慕」だそうです。暗黒色の花びらに見える部分はガクが発達したもので、本物の花ぶらは退化しています。

 Many rare wildflowers grow around the surroundings. It is Great Burnet(Sanguisorba officinalis)


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 ウハギ(ヨメナ)です。万葉集に謡われています。花言葉は「従順」。
 This is Uhagi(Yomena). It is written in Manyosu(Ancient times poetry). Flower language is "obedient".



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  サネカズラが赤い実をつけています。サネ(実)が美しい葛(カヅラ)という意味で、別名「ビナンカズラ(美男葛)」ともいうのは、かつて武士がツルに含まれる粘液を整髪料として使っていたことに由来します。美味しそうですが苦味があり、味はまずかったです。
 The tree of Sanekazura(Kadsura japonica) has red fruits. The name of this tree means sane(fruit) is a beautiful kudzu(kazura). It has another name "Binankazura(beautyful guy)"is derived from the fact that samurai used liquid contained in this tree as a hairdresser. It looks delicious but there is bitter taste, the taste was bad. (M.A)
  
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 鬮野川にかかる橋を渡りましょう。
Let's cross the Kujinogawa River.


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 竹藪を過ぎたら、八幡橋を渡り左に曲がります。
 After passing through Bamboo forest, let's cross the Yahata-bashi Bridge and turn to left.

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 山すそに鳥居が見えますか?
Can you see a Torii gate at the foot of the mountain?


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 やはり鳥居でした。今日はここでランチタイムとします。石段の上に小さな社があります。
 It was a torii gate. There is a small shrine named Hachiman Jinjya. Today we had lunchtime here.
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 椎の実が沢山落ちているので、少し拾って帰ります。
 Many fruits of the vertebrae have fallen, so I picked up and took it home.


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 滝畑橋を渡りましょう。
 Let's cross the Takihata-bashi Bridge.
 

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 川沿いの道を上流に向かってあるきます。ここは硲ノ元橋です。
 We went upstream along the riverside road, this is Sakono-bashi Bridge.


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 右手の山の中腹にハチミツを集める巣箱があります。
 There is a nest box that collects honey from the beach on the right hand side.



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 日本の原風景がそこにあります。
 You can see the orijinal landscape of Japan.


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 鬮野川辻地蔵です。潮浜橋から2,4km。古道は真っすぐに続いていますが、橋杭岩に行く場合は右折して山道を歩きます。
 We arrived at Kujinogawa Tsuji-jizo. It is 2,4km from Shiohama Bridge.
The Ansient road continues straight, but if you hope to go Hashikui-iwa, turn to right and walk on the mounatin path.


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  ガマの穂
  A ear of the Gama(Gag).


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 紫色の花を咲かせている花の名前は?
 What is this purple flower's name?


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 峠の向こうに明るい光が。
We can see bright light over the hill. 


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 峠の頂上から串本大橋が見えます。
  You can see the Kushimoto Ohashi(bridge) from the top of mountain pass.



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 峠を降りると橋杭岩にきました。現在12時10分です。橋杭岩の全体をカメラに収めるのは難しいですね。
  After walking down the pass, we stand beside Hashigui-Iwa Rock (Bridge pillar rocks) (now 12:10pm).
  The rocks line up to the front island (Oh-shima), so its difficult to cover by one shot.


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 近くに弘法大師を祀る丘があるのでそこに登り、何とか橋杭岩の全景を撮ることができました。
  You can view all Hashigui-Iwa Rock on the hill of the small hut enshrining Kobo-Daishi.

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 お大師さまを祀っています。A small hut enshrines Kobo-Daishi.

橋杭の立石伝説

昔々、弘法大師と天の邪鬼が熊野地方を旅したときのことです。

我こそは世界一の知恵者と自負している天の邪鬼は、何とか弘法大師の鼻をあかしてやりたいと考えた末、「弘法さん、大島の村人のために、我々がひとつ大島と陸地との間に橋を架けてやろうじゃありませんか」と誘いかけました。いかに弘法大師でもまさか一夜で架けることができまいと、「一晩と時間を限って架けくらべしましょう」と・・・

いよいよその晩、天野の邪鬼がそっと窺っていると、大師は山から巨岩をひょいと担いで海中に立てています。2,3時間のうちに、早くも橋杭がずらりと並びました。「大変だ!この調子だと、夜明けまでに橋ができあがる!」 天の邪鬼は、「コケコッコー」と大声で鶏の鳴き真似をしました。弘法大師は夜が明けると思って、ついに仕事を中止してしまいました。

そのときの橋杭の巨岩が今になお残っているとのことです。

A folktale about the origin of Hashigui-Iwa Rock (Bridge pillar rocks)

Once upon a time, the famous priest Kobo-Daishi (who established Khoya-san Shingon Buddhism) and a wicked devil were travelling around this Kumano area.

The devilwho believed he was the most resourceful person, had tried to trick Kobo-Daishi. He proposed to compete each other whether we can build a bridge within one night, from here to the front island (Oh-shima) for the convenience of village people, guessing even Kobo-Daishi cannot make it.

In the first night, he saw Kobo-Daishi carrying big rocks from mountains very easily and arranging them as bridge pillars within 2 or 3 hours. Surprised by watching them, the devil tried to crow loudly. Kobo-Daishi thought it was already at break of dawn,
so he stopped his work.

Since then, the present bridge pillar rocks stand in line to the front island. (by H.S)


 

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 橋杭岩から国道42号線を歩きます。
 Then we walk along Route 42.



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 椿の季節ですね。
 It is the season when camellia flowers bloom.

 
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 国道を800mほど歩くと「澤信坊の道標地蔵」があります。
 As you walk about 800m Route 42, you wii find "Sawashinbo-no-Dohyo Jizo".



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 角柱の道標。「右ハ鬮之川・・左ハ橋杭岩・・・」の文字が読み取れます。古道と国道が合流する所です。
 A signpost of a prism. You can lead letters "right Kujino-gawa・・ left Hashikui-iwa".
 This is the place that Kumano Kodo and Route 42 meet.


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 国道を300mほど歩き、旧道に入りましょう。
 Let's walk national high way about 300m, and enter to old road.



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 遠くに二つの島が見えています。
 Can you see two islands in the distance?




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 民家が並ぶ旧道。漬物にするための大根を干しています。
 Private houses are lined up on the old road. Some one is drying radishs for pickles.


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 これはマユミですね。
 This is Myumi.


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 紀伊姫駅
 Kii-hime Station of JR.


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 海に浮かぶ二つの島は、左手が九龍島(くろじま)で右手は鯛島’たいじま)です。
 Two islands floating in the sea. The left one is Kuro-jima and right one is tai-jima.


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  地蔵尊/ A Jizo
 


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 旧道は国道42号線とJRきのくに線に挟まれています。列車が通り過ぎていきました。
 The old road continue between National Route 42 and the JR Kinokuni line. Just the train passed by.





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 原町のお堂につきました。石仏3体がおさめられています。中央に地蔵尊、左手に法経塔。
 We arrived at the Haramachi-no-odo. Three stone Buddhas are supposed in it. Jizo is at center and Houkyoto is at left.


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 右端に徳本上人の名号碑があります。古い時代からここを行き交う人々の安全を見守ってきました。
 The Tokuhon-shonin's monument is at right. These Buddha statues have kept travelers since old age.


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 今日のゴール地点、古座駅につきました。14時20分でした。9,7km。急坂が少なく、歩きやすいコースです。
 We got to Koza Station which are the goal spot of today. It is 14:20pm.
9,7km. There are few steep slopes,and it is easy to walk. (M.A)



by wakayamakiga | 2019-01-04 00:05 | Ohechi route 大辺路 | Comments(0)

Ohechi route-5 From Mirodu to Tako /大辺路 見老津~田子へ

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 2018年11月15日(木)熊野古道の大辺路の道を見老津駅から田子まで歩きました。   
 このコースは枯木灘とよばれる海を眺めながら歩きます。国道42号線と合流したり、離れたり・・・距離は約15km。比較的平坦なコースなので初心者でもOKです。
 午前6時45分、JR和歌山駅を車で出発し、8時半、見老津駅に到着。

  November 15th, 2018(Thurthday) I walked with Kiga members from Mirodu station to Tako station of JR on the way of Ohechi Road of Kumano Kodo.
  This course is a way to walk while watching the blue see called Kareki-nada. It joines with Route 42, and leaves.
The ditance is about 15km. Biginners can walk as it is a relatively flat course.
At 6:45am, we depsrted from JR Wakayama station by car and arrived at Mirodu Stasion at 8:30. (M.A)


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  見老津駅前の海。早朝の海を眺めると気分は爽快です。左奥に戎島が見えます。
  The sea in front of Mirodu Station, looking at the ocean in early morning, I felt refreshed. You can see Ebisu-jima in the back to left.

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 見老津特産の「うつぼの干物」。この地方の風物詩ですね。 
 "Dried fishs of Utsubo" are special pridact of this area. this scenery tells us that it is winter.

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  道路の左手に石塔があります。「六十六部廻国塔」です。熊野街道はここから旧道に入ります。
  There is a stone tower on the left side of the road. It is written as " sixty -six parts tower".
  We will enter to old Kumano Kodo road from here.

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 振り返ると「戎島」
 You can see ‟Ebisu-jima (island).


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 小学校の校庭の前をとおり、再び42号線と合流。約1,3km歩きます。「日本童謡の国」の看板を右にみて童謡の国へ入らず、まっすく中央の道を歩きましょう。
 街道は海をみて左に曲がります。海岸をバックに地蔵仏が2つ。一つは「みちびき地蔵」の文字が台座に刻まれています。

 When passing the elementary school, you will join again with route 42, and walking about 1,3km more.
  Let's walk straight ahead at intersection. The Route 42 turns to the left and you will look at the sea.
  Two Jizo Buddhist statues are on the back of the coast.
  One Jozo, it is engraved with the letter of "Michibiki-jizo" on the pedestal.



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 もう一体は「道分地蔵」です。左手前方に小高い丘があり、階段をのぼると小さな祠があります。松の内地蔵(線描)です。
 The other one is "Michi-wake Jizo". Aftre walking for a while there is a small hill in front of the left. You can see a small shrine when you climb the stairs. It is "Matsunouchi Jizo" whose figure is drawn by lines.

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 42号線の高架の下をくぐって右折。しばらく42号線にそって歩きます。「エビとカニ水族館」「道の駅すさみ」の標識を右にみながら左折、800mほど歩くと江住駅につきます。見老津からここまで約3,5km。

  Walking down under Route 42 and turn to right. let's walk along Route 42 for a while. Turn left when you will see the signposted " Shrimp and Crab aquarium" and "Road Station Susami", turn left and walk about 800 meters to the Esumi Statin. It is approximately 3,5km from Mirodu to here.

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 街道脇に山野草の花が。これはウハギ(ヨメナ)です。万葉集にも歌われています。
  Wild flowers are blooming beside the road. This is Uhagi(Yomena). It was sung in Manyo-shu(old japanese poetry)

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 さあ、ここから熊野街道です。
 We will walk Kumano Kodo from here.



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 しばらく急な上り道が続きます。
 A steep up road continues for a while.



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 「宇の平見地蔵」
  すさみ町の東部から串本町の西部にかけて、「平見」が付く集落がたくさんあります。「平見」は平らに見えることを意味します。これらは海抜30mから40mで典型的な海岸段丘上にあります。紀伊半島の南西部は隆起し、東部は沈みました。
  他の地域と違って、ここには大きな川がありません。平らな土地の多くは大地の上にあり、多くの人はここに住んでいます。津波を避けるには最高ですが、灌漑がむずかしいので農業は大変だと思います。この地域は伝統的にサツマイモや麦を育ててきました。
  海岸から段丘に上ったり降りたりするのに多くの坂道ができています。海岸線には多くの磯があります。現在の段丘は何百万年も前の磯が隆起したものです。


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 「宇の平見」バス停。ここで国道と出会います。
  
   There are many communities having "Hirami" from eastern Susami town to western Kushimoto town. "Hirami" means "looks flat". These are flat areas elevation 30m to 40m. These areas are typical coastline plateaus. South western coast of Kii peninsula was lifted and east side was sunk.
  Unlike other region, there are no big rivers in this area. Most flat lands are on the plateau, so many people are living on the plateau. It's the best condition to avoid tsunami, but I guess farming is not easy because irrigation is difficult. In this region, traditionally sweet potato and wheat are grown.
  There are many short slopes up and down from the plateau to the beach. At the beach there are many rock floors at sea level. Today's plateaus were the rock floors at sea level millions year ago and lifted up. (Y.S)

  

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 車道ですが、野草が咲いています。
 Wild flowers are blooming beside the road many cars run.
  


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 「中の平見地蔵」「大平見の地蔵」と平見地蔵が続きます。「宇の平見地蔵」から「大平見の地蔵」まで約1,2km。
   "Naka-no-hirami Jizo","O-hirami-no Jizo". You will see some Hirami Jizos. It is about 1,2km from U-no-hirami Jizo to O-hirami Jizo.


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 「大平見地蔵」から国道と離れて熊野街道に入ります。
  From O-hirami Jizo, we will enter to Kumano road off the Route 42.


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 ここに「大辺路」の標識があります。
 We saw a sign of Ohechi Road here.


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 里野の浜に着きました。今日は雲一つない青空です。
  We arrived at Satono beach. It is blue sky with no clouds today.

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 青い空、青い海が広がっています。
 The blue sky, the blue sea is spreading.


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 景色に見とれて・・・しばらく海岸で遊ぶことにします。
 午前11時。少し早いけれど今日はここでランチタイムとしましょう。ここは夏には海水浴場となります。
 The members of KIGA are watching the scenary. let's have time on the beach for a while.
 11 AM. It's a bit early, but today let's have lunchtime here. Many people enjoy the beach here in the summer.
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 黒い石の海岸が続きます。
 The coast is made of black stone.


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 里野の浜から海岸沿いに六坊浜を歩いてみましょう。
 let's walk along the coast from Satono Beach on the Rokubo Hama(beach).


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 42号線にでました。
 It is Route 42 again.


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 街道は42号線からそれて旧道に入ります。
We enter to the old Kumano road divided from Route 42 here.



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 六地蔵仏。
 Rokujizo (six Jizos)



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「南無阿弥陀仏」と刻まれています。徳本上人とも書かれていますが、徳本上人の筆体ではありません。台座に「文政十年十月六日 念仏講中 善吉 庄次郎 直吉 治平」の文字があります。
 The character of "Namuami Dabutsu" is engraved on a stone. It is also written as Tokuhon Shonin, but it is not his handwriting, you can see the letters of "Bunsei 10 years October 6th nenbutsu kotyu Zenkichi Syojiro Naoyoshi Jihei" on the pedestal.


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 木之本神社から南に突き出した半島状の小さな島は、道路建設のために掘削されてできた?
 We came to Kinomoto Shrine. A peninsular small island that protruded to the south was drilled for road construction?


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 国道42号線沿いに金毘羅宮があります。どこまでも続く青い海。
There is a Konpira Shrine along Route 42. I feel the blue sky is spreading everywhere.



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 国道の脇に石像が並んでいます。
 Stone statues are lined up by the side of Route 42.


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 この像はカップルです。熊野古道でカップル像は珍しいですね。
 This statue is a couple. It is rare in Kumano Kodo.



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 和深駅です。この先の袴線橋が老朽化のため、通行止めとなっています。左に回り、信号を渡って右折し山沿いの道を歩きます。
 We arrived at Wabuka Station. From here the Hakama-sen bridge becomed obsolate, so it is closed to old Kumano road. let's turn left, and crossing the intersection,turn right and walk along the moutain road.



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 国道と交差する所にお地蔵さま。
 A Jizo statues is enshrined at the place crossing the Route 42 and the moutain road.

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 新田平見道の標識。
 There is a signboard on Nitta-hirami Michi(road).


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 こんもりした林の中を歩きます。
 Let's walk in a forest.

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 猪を追い込み捕える猪垣。
 You can see Inagaki which drive snd catch wild boars.

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 古道らしい道が続きます。
 Let's walk on the soil road with the atmosphere that feels old age.



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 民家が並ぶ道。11月というのに梅の花!!
 It is a road where private houses line up. We saw plum blossoms still in November !!


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 安指(あざし)バス停にでました。田子駅まであと800m。
 We came to Azashi bus stop. It is 800m away to Tago Station.


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 国道沿いに白い花。
 White flowers are blooming along the Route 42.

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 太平洋を望む青く澄んだ海。
 The blue clear waters over the Pacific Ocean are spreading.

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 これぞ徳本上人名号碑。
この日高郡地区で生まれた徳本上は、江戸時代(18世紀末)の浄土宗僧侶で、苦行により悟りを開き、その独特の念仏スタイルで将軍から一般庶民までに信者を集めました。彼の書体も独特で、この碑にその特徴が見られます。

A priest named Tokuhon lived in Edo-period was born in 1758 at this Hidaka area. He underwent a hard Buddhism training by himself, and after attaining enlightenment, he propagated an unique style of praying and was followed by both Shogun as well as many common Buddhism believers in Edo and various area of Japan.

His style of handwriting was also unique, which you can see in this stone monument. (by H.S )




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 田子駅に着きました。今日の徒歩数24500歩。お疲れ様でした。
 We arrived at Tago Station. Today's number is 24,500 steps. Thank you for your hard work.



by wakayamakiga | 2019-01-01 21:33 | Ohechi route 大辺路 | Comments(0)

KIGA 熊野・高野国際語り部の会のブログです


by 熊野小僧(kumano kozo)
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